進むブロックチェーン技術の物流分野への応用
昨今話題になっている仮想通貨「ビットコイン」の取引履歴として利用されているブロックチェーン技術ですが、物流分野においても様々な形でブロックチェーンを使ったサービスが始まろうとしています。セキュリティと可視性が高く、低コストで効率の良いこの技術は文書管理、決済、個人認証などの用途で金融・保険分野での利用が一番進んでいますが、今回は物流分野でのブロックチェーン技術の利用についていくつか紹介いたします。
大手海運会社MaerskとIBMの取り組み
最初に紹介するのは大手海運会社MaerskとIBMの取り組みです。両社は2018年1月17日に合弁会社を設立し、ブロックチェーン技術を利用した効率的で安全な国際貿易を遂行するサービスを提供することを発表しました。
「MaerskとIBM、国際貿易の効率化とサプライ・チェーンのデジタル化のため、ブロックチェーンを適用するグローバルな合弁会社を設立」
(出典:日本IBM Website)
両社は2017年3月に船荷主、海貨業者、貨物船業者、港湾関係者、税関と協力し、国境をまたがるトランザクション向けのブロックチェーンツールの開発を目指して力を合わせると発表していましたが、これが具体的な形になったのが今回の合弁会社設立で、これから「出荷情報パイプライン」と「ペーパーレス取引」の2つのサービスを提供していくことを明言しています。
「出荷情報パイプライン」はいわゆる貨物追跡システムでサプライ・チェーンに関与するすべての関係者が貨物情報を安全、シームレス、かつリアルタイムに交換できるシステムで、「ペーパーレス取引」は文書の送信、確認、承認、及びファイリングをデジタル化して自動化するシステムです。認可や荷動きの時間とコストを減らし、ブロックチェーン・ベースのスマート・コントラクトにより、承認の加速化、ミスの削減を実現するとのことです。
プレスリリースの中には「規制当局の認可が下りてから6カ月以内に提供が開始される予定」とありますが、数百年に及ぶ歴史を持つ海運業界は国ごと、港湾ごとに様々なしきたり(規制)があり、後でできた航空業界がそういった規制はなく一気に情報化が進んだ一方、海運業界は情報化の波に乗れず、取り残された状態でした。
しかし海運会社最大手で欧米にネットワークを持つMaerskが各国の海貨業者、税関、港湾関係者と連携を取ってサービスを展開することにより、アメリカ、EU圏のヨーロッパ諸国の海運貨物に関する情報のデータ化(ペーパーレス化)が促進され、人工知能(AI)、IoTの利用までいっきに進む可能性があります。既に欧米以外でもシンガポール税関、ペルー税関、中国の広東省検査検疫局がこの共同プラットフォームへの参加を検討しているとのことです。
ブロックチェーン技術を活用した貿易情報連携基盤実現に向けたコンソーシアム
続いて紹介するのは日本企業の取り組みです。NTTデータが事務局となり、日本の船会社・銀行・保険・総合物流・輸出入者などの貿易関係業界を代表する13社が「ブロックチェーン技術を活用した貿易情報連携基盤実現に向けたコンソーシアム」を立ち上げることを2017年8月に発表しました。
「ブロックチェーン技術を活用した貿易情報連携基盤の実現に向け、13社でコンソーシアムを発足」
(出典:NTT data Website)
参加企業は川崎汽船、商船三井、双日、損害保険ジャパン日本興亜、東京海上日動火災保険、豊田通商、日本通運、日本郵船、丸紅、みずほフィナンシャルグループ・みずほ銀行、三井住友海上火災保険、三井住友銀行、三菱東京UFJ銀行の13社。日本の船会社3社、商社3社、銀行3社、保険会社3社と日通という内訳です。上の図からお分かりの通り、先に紹介したMaerskとIBMの取り組みとの違いは税関を巻き込んでいない点です。
フェーズ1として既に実施済みとある信用状取引が現在の貿易取引において比率が低くなっている点から考えても、この枠組みの中でできることは限られており、日本税関が先にMaerskのプラットフォームを採用することになれば、日本の会社もグローバルでマジョリティを占めるその仕組みに乗っからざるをえないのではないかと推測されます。
「UPS Joins Top Alliance To Create Blockchain Standards For Logistics」
(ロジスティクスのブロックチェーン標準化を目指すトップアライアンスにUPSが参加)
(出典:UPS Website)
物流業界のIT化を牽引してきたのはインテグレーター(国際宅配業者)
物流業界のIT化を牽引してきたのは実はインテグレーター(国際宅配業者)です。FedEx、DHL、UPSなどのドア・トゥ・ドアの貨物輸送サービスを行なうインテグレーターは自社飛行機、自社トラック、自社通関システムを保有することで、全世界の多くの地域において自社による一貫輸送サービスを提供しています。
フォワーダー(利用運送事業者)による貨物輸送では飛行機会社、通関会社、トラック会社など複数の会社が関わり、それぞれの会社において利害関係と貨物情報の受け渡しが発生しますが、そのようなしがらみがないインテグレーターは貨物の受領から配達完了までを同一システムで迅速に完了させることができます。
海運業界よりも規制の少ない航空業界の中で自社インフラを整えることにより、最も先鋭的に情報化に取り組み、2000年以降、各社が競ってITを使った様々な物流サービスを開発しました。今では当たり前になっていますが、海外に送った航空貨物が翌日には配達完了、受領サインをWEB上で見ることができるサービスを最初に提供したのもインテグレーターでした。
2017年11月にそのインテグレーターの1社であるUPSがブロックチェーン技術標準の開発を行なうBlockchain in Transport Alliance(通称BiTA:輸送業向けブロックチェーン同盟)に加入し、「出荷」「支払」「追跡」を容易にするシステム開発を支援すると発表しました。BiTAはロジスティクスのブロックチェーン標準化を目指す最も大きなアライアンスで、既に300社以上の会社が加入しています。
UPSはブロックチェーンを「国際取引の多くの側面で既存の価値観を打ち砕く技術」と見なしており、特に各国の税関手続きにおいて可視化を促進させたいとのことです。
2018年2月にFedExもこのアライアンスに参加することを表明しました。物流業界のIT化を牽引してきた大手インテグレーター達が揃ってブロックチェーン標準化に参画することにより、標準化の早期実現が期待できそうです。
まとめ
まだ実証実験段階ですが、ブロックチェーンを配送ドローン、宅配ボックス、リアルタイム在庫管理に利用するサービスなどが出てきています。ブロックチェーン技術でシステム開発を行なうベンチャー企業に大手物流会社が出資する動きもあり、今後ブロックチェーンを使った新しい物流サービスがどんどん出てくることが予想されます。
物流事業者はこういったブロックチェーン技術の標準化や新しいサービスの動きを注視しながら、自分の会社がどのタイミングでその標準化の波に乗っていくか、その波に乗るためには自分の会社の物流業務のどの部分をデータ化(ペーパーレス化)しなければいけないのか、そういったことを考える段階に来ているように思います。
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