欧米保護主義がSCMに与える影響 第1回 EU発英国向け貨物輸送はどうなる?
2018年11月、筆者は“ろじたす”の紙面で「米国の通商政策がグローバルロジスティクスに与える影響」という記事を投稿し、米中貿易摩擦、USMCA、自動車及び自動車部品に対する追加関税措置、日米物品貿易協定(TAG)交渉のその時点での進展状況と、それらがグローバルロジスティクスに及ぼす可能性のある影響につき述べさせて頂きました。
それ以来半年が経過し、その間トランプ政権の動向も目まぐるしく変化してきました。一方欧州においては、EUと英国の間の離脱協定が3月末までに英国議会の承認を得ることができず、英国のEU離脱、即ちBREXITは10月末まで延期され、その責任を取ってメイ首相が辞任に追い込まれる事態に至っています。
この欧米における潮流は、わが国のみならず世界経済に大きなインパクトを及ぼす可能性が高く、延いてはグローバルSCMにも多大な影響を与える可能性が高いと言わねばなりません。そこで、今回より暫くの間、「欧米保護主義がSCMに与える影響」につき、世の中の動向を追いかけつつレポートして行きたいと思います。
EU発英国向け輸入に対する英国の輸入簡素化手続き
ここで、英国発EU向けに先んじて、EU発英国向けについて述べるのには、二つの理由があります。その第一は、以下の表に示す通り、前者よりも後者の方がかなり大きい、しかも英国の輸入の半分以上がEU発であるということです。
2017年 英国の対EU・対EU外輸出入金額とシェア
表1 出所:Statistics on UK-EU Trade,Number 7851, 11 January 2019, House of Commons Libraryより日通総研作成
英国発EU向けに先んじてEU発英国向けについて述べる二番目の理由は、現時点では英国の方がEUよりも明確な方向性を打ち出しており、その方向性が今後のEUのスタンスに少なからず影響すると考えるからです。
さて、英国政府ですが、2019年2月4日に対EU貿易を行う英国内145,000社の企業に対して、英国がEUとの離脱協定を議会が承認しないまま離脱すること(ノーディール)となった場合に導入する、輸入簡素化手続き(TSP = Transitional Simplified Procedures)について通知しました。
TSPの要点を極々簡単にまとめると、凡そ以下の通りになると考えられます:
●輸入貨物が英国内に到着する前までの、品目名・HS Code・数量・金額・配達先情報等を税関等情報の税関への申告
●貨物が英国に到着してから4営業日以内の、税関への補足申告
●上記補足申告後毎月15日までの関税及びVATの納付(物品税等については毎月29日まで)
これを見ると、米国の現行の輸入申告制度と一見似ており、申告に対する許可に替えて到着の事後報告としている点、関税やVAT等公租公課の納付を伴わずに貨物を動かせる点等、当初危惧されていた、EUトンネルの出口等ゲートウェイでの貨物の滞留を回避するために工夫された措置に見えなくもありません。
しかしながら、注意しなければならないのは、EU各国から英国に入って来る貨物に対しては、英国内の貨物と同様に、現時点では何の輸入手続きも必要ないという点です。いくら簡素化された手続きであるとは言え、英国の輸入の半分以上を占めるEU発貨物に対してTSPを実施しなければならなくなると、英国の輸入者にとっては大きな負担になり、延いてはEU発英国向け貨物輸送のリードタイムに負の影響を与える可能性があると思われます。
無視できないEU発英国向けの貨物輸送のボリューム
TSPがEU発英国向け貨物輸送にどの程度のインパクトを与えるかは、なかなか測り難いのですが、ご参考までに以下のグラフをご覧ください。
表2 出所:Traffic Volume for the Past 10 Years, Traffic Figures, GETLINKS
これは、フランス側のカレーと英国側のドーバーを結ぶEUトンネルを通過したトラック台数の推移を表したグラフですが、ご覧の通り2018年には約170万台のトラックが通過しており、仮にトラック1台=輸入申告1件と仮定すると、もしノーディール離脱に至った場合には、EUトンネル通過貨物だけでも一挙に約170万件の輸入申告が増えることになるのです。これだけではありません。EU発英国向け貨物は、EUトンネルから入ってくるだけではなく、フェリーやRoRo船に載って英国の各港湾から年間約400万台以上のトラックが入って来ていると言われています。それらを考え合わせると、英国の輸入申告件数は恐らく600万件近くも増えることになると考えられるでしょう。
日本のNACCSが2017年に処理した海上貨物の輸入申告全件数は421万3千件と言われており、英国ではそれを超える輸入申告件数が一挙に増える可能性が高く、いくら簡素化されたTSPであってもかなりの事務処理量になり、そのインパクトはかなり大きく、少なからず混乱が発生すると予想すべきでしょう。
アイルランド/北アイルランド国境を挟んだ物流はどうなる?
次に忘れてはならないのは、EU諸国の中で唯一英国と国境を接しているアイルランドからの物流は、ノーディールBrexitに至った場合どうなるのかということでしょう。現在、アイルランド/北アイルランドの499kmの国境には208本の道路が交差しており、検問所は設けられておらず、通関も出入国管理も行われておらず、英愛間の人の行き来も物流も全く国内同様に行われています。即ち、現時点では、物理的には国境は存在していないのと同様な状態なのです。
英国のEU離脱後は、建前としては国境が復活することになるのですが、208ヶ所に税関と出入国管理の機能を備えた国境管理施設を設置することは物理的に不可能です。北米の米墨国境は3,185kmに54ヶ所、米加国境は8,891kmに119ヶ所の国境管理施設しか設置されていないことを考えると、国境管理施設を20ヶ所ほどに絞り込み他の道路は閉鎖するという考えもあるでしょうが、以下の通りのトラックの行き来のボリュームを考慮すると、大渋滞が発生することは明らかです。
表3 出所:Revenue Analysis of Transport Infrastructure Ireland
また、かつてそのようなハードボーダーが存在していた時代に、多くの国境管理施設がテロ行為のターゲットになっていたことも忘れてはならない事実です。
そのような背景を踏まえ英国政府は、2019年3月13日に、英愛間に物理的なハードボーダーを設けないことを確約し、一部例外を除く全輸入品について、輸入時の通関手続きやその他輸入に伴う検査は一切導入しないと発表しました。実は同日、英国のEU離脱以降にEU諸国からの輸入物品に適用される新たな暫定関税枠組みが発表されたのですが、アイルランド/北アイルランド国境から入って来る輸入物品については、限られた例外を除きその枠組みは適用せず関税も徴収しないとされました。今までは免除されていた小規模事業者の付加価値税(VAT)と物品税(Excise duty)の電子申告が新たに必要になる等、若干の変化はあるものの、基本的には今までとあまり変わらないと言って良いでしょう。
予想される英国の輸入物流の変化は?
ここまで述べて来たことを踏まえると、ノーディールBrexit以降の英国の輸入物流はどのように変わるのでしょうか?
EU諸国からの輸入物品については、簡略化されたとは言え輸入通関手続きが必要となり、加えてWTOレートよりは低いとは言え関税が掛かるのに対して、アイルランド/北アイルランド国境からの輸入については、基本的に輸入通関手続きも関税の納付も必要ないことに鑑み、従来主流であったEU諸国→英国→アイルランドという物の流れが、EU諸国→アイルランド→英国という流れにシフトして行くのではないかと考えられます。
英国政府は、今回の措置はあくまでも暫定的な措置であり、ノーディールBrexitとなった場合、長期的な措置についてEU、アイルランドと早急に協議を開始すると言っていますが、次期首相がこれをどう捌くか要注目でしょう。
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