欧米における保護主義的潮流がグローバルロジスティクスに与える影響
日通総研ニュースレター ろじたす 第24回ー③(2017年4月17日号 )
【Global Trend】欧米における保護主義的潮流がグローバルロジスティクスに与える影響
現代の自由貿易体制の確立は、1929年の世界大恐慌後に世界経済がブロック化したことが第二次世界大戦の大きな要因になったという反省から、1947年の関税及び貿易に関する一般協定(General Agreement on Tariffs and Trade:GATT)締結を経て、ウルグアイラウンド交渉の結果、1995年に世界貿易機構(World Trade Organization:WTO)が設立されたことに始まります。
その後、国や地域間におけるFTA(自由貿易協定)やEPA(経済連携協定)締結の動きが活発化し、米国・カナダ・メキシコの間で北米自由貿易協定(North American Free Trade Agreement:NAFTA)が1994年に発効、アセアン経済共同体(ASEAN Economic Community:AEC)が2015年末に発足し、2015年10月には環太平洋12ヶ国の間で環太平洋パートナーシップ協定 (Trans Pacific Partnership) が合意に至りました。
一方欧州では、1967年の欧州共同体(European Community:EC)結成以降、次々と加盟国が増え続け、1991年12月末のマーストリヒト条約締結、1992年12月末のEC内市場統合を経て、1993年1月に物・サービス・人・資本の国境を越える手続きが廃止された結果、欧州に統一市場としての欧州連合(European Union:EU)が結成されました。
この世界的な自由貿易の潮流は、生産ネットワークのグローバル化によりサプライチェーンが複雑に絡んだ近年の貿易構造にマッチし、車両の相互通行や世界税関機構 (World Customs Organization:WCO) が推進する通関制度・手続の統一化・合理化等と並んで、サプライチェーンの円滑化、グローバルロジスティクスの合理化に貢献して来ました。
しかし、2016年6月23日の国民投票の結果を受けて英国がEU離脱 (Brexit) の方向に進み始めると、2017年1月20日に米国でトランプ政権が発足した直後、新大統領はTPPからの離脱を宣言する大統領令を公約通り発布し、NAFTAの見直しをにらんだ発言も繰り返しています。このような状況が、欧州内で勢力を拡大しつつある極右勢力と相まって、一挙に欧米が保護主義的方向に突き進んで行くのではないかという不安を世界に与えています。
もし、本当に欧米が心配されている方向に突き進んだ場合、自由貿易のもとで発展してきたサプライチェーンは大きく阻害され、通関や輸送を中心とするグローバルロジスティクスは大きなマイナスの影響を被る可能性が高いと思われます。
それでは、本当に欧米は一挙に保護主義的方向に突き進んで行くのでしょうか?
その疑問に対して回答を出すには、きわめて多くの様々なファクターを衡量しなければならず、非常に難しいのですが、少なくとも“一挙に”保護主義的な潮流がメガトレンド化する可能性はそれほど高くないであろうと思われます。
英国が Brexit を決断した最も大きな理由は、結局のところは「これ以上移民・難民は受け入れられない」ということであり、それを実行するには難民受け入れ拒否を禁じているEUを離脱するしかないと判断したからであって、決して英国民が自由貿易に反対したからではありません。
だから、国民投票の結果が出た直後から、EU離脱後も欧州統一市場へのアクセスを維持するための選択肢として、欧州経済地域 (EEA) に加盟するノルウェー型、EU各国と個別にEPAを締結するスイス型、EUと包括協定を締結するカナダ型等が議論されているのです。恐らく英国は、フランスやドイツ等で極右勢力が主導権を握り、EU離脱の方向に進む国が次々と出てこない限り、今後数年から10年程度の時間をかけて、一時的にWTOルールに依拠しつつも、最終的には欧州統一市場へのアクセスをできる限り保つ結論を出すのではないでしょうか。
より難しいのは、頭の中が前世紀の「生産国・消費国間の貿易モデル」のままで留まっているトランプ大統領の米国かも知れません。ただし、条約の批准には米国連邦議会上院の出席議員の2/3の賛成が必要であり、自由貿易を是とする共和党が多数党である現在の上院において、現行NAFTAより保護主義的な条約の批准が可決される可能性は非常に低いと思われます。
一方、自由貿易の一環である現在塩漬け中のTPPについても、上院で2/3の賛成票を取ることの困難さは同じであり、たとえオバマ政権時代の上院で採決が行われたとしても、批准は難しかったかも知れません。米国で自由貿易の旗色がはっきりするのは、次の中間選挙の後、即ち2年後辺りになってしまう可能性もあるでしょう。
一連の保護主義的潮流がグローバルロジスティクスにどのような影響を与えるのか。その影響が顕在化するのにも、今しばらく時間がかかるのではないでしょうか。
掲載記事・サービスに関するお問い合わせは
お問い合わせフォームよりご連絡ください
田阪 幹雄が書いた記事
-
ブログ / 1,540 viewsSDGsから読み解く物流の「2024年問題」シリーズ Ⅱ
物流の「2024年問題」をSDGsの観点から読み解くシリーズ2。物流事業者と荷主の取引関係、標準化・デジタル化のトレンドを取り上げて、引き続きSDGsの観点から…
-
ブログ / 2,281 viewsSDGsから読み解く物流の「2024年問題」シリーズ Ⅰ
SDGsのゴールとしては見落としがちな、しかし実は日本のロジスティクスの持続可能性にとって極めて重要な、そして物流の「2024年問題」を根幹から解決するのに不可…
-
ブログ / 2,630 viewsコロナ禍がグローバルロジスティクスに与えた影響 ~混乱の先のSCMの在り方について~
新型コロナウィルスの感染拡大は、約2年半が経過した現在でもグローバルロジスティクスに広範囲且つ多様な影響を与えており、その全貌は把握が困難で、今後の見通しも立て…
この記事の関連タグ
関連する記事
-
ブログ / 129 views(物流2024年問題)ラストワンマイルデリバリー改革に向けたスモールスタート
「物流の2024年問題」を端に発し、政府、各物流関連団体などが連携した継続的な情報発信により露出も増え、物流事業者以外の企業、また、物流サービスのユーザーである…
-
-