どうなる日本の物流?~第3回 厳しすぎる日本の自動車運送事業者の運送責任
これまで、本シリーズの第1回と第2回では、欧米の先進国との比較を通して、生産性の観点から日本の自動車運送事業が乗り越えなければならない課題を浮き彫りにしてきました。第3回の今回は、運送責任の観点から、日本の自動車運送事業が抱える問題につき、述べてみたいと思います。
日本の自動車運送事業者の損害賠償限度額は青天井!
日本の国土交通省が策定した標準貨物自動車運送約款(最終改正 平成29年 国土交通省告示第741号)の第47条は、「貨物に全部滅失があった場合の損害賠償の額は、その貨物の引渡すべきであった日の到達地の価額によって、これを定めます」と述べています。些か分かり難い文章ですが、要するに「運送中に貨物が全損した場合、自動車運送事業者は、時価で当該貨物の賠償を行う」ということです。
ここで言う時価とは、メーカーがサプライヤーから部品・材料を調達する場合にはメーカーがサプライヤーに支払う“仕入価格”、メーカー工場からメーカー倉庫に製品を運送する場合には生産原価、メーカー工場或いはメーカー倉庫から卸売事業者に製品が運送する場合にはメーカーから卸売事業者に対する売値ということになります。即ち、何れの場合においても日本の自動車運送事業者は、貨物の全部金額に対して責任を負わなければならないとされているのです。日本の自動車運送事業者の運送責任は青天井だということです。
それでは、欧米の先進国の自動車運送事業者の運送責任 (Liability) はどのようになっているのでしょうか?
明確に責任限度額が定められた欧米の自動車運送事業
まずは表1をご覧下さい:
表1 : 欧州各国の自動車運送事情の賠償責任限度額一覧
出所:Schunck Group “Overview of Liability Regulations in Europe”より日通総研作成
これは、欧州各国が定めている自動車運送事業の賠償責任限度額を一覧表にまとめたものです。ご覧の通り一部の国では限度額が定められていませんが、それらの大半は旧東欧圏の国々であり、デンマークとEU非加盟国のスイスを除く西ヨーロッパの国々では、自動車運送事業の賠償責任限度額が定められています。それらの国々では、賠償責任限度額は1kg当たり乃至トン当たり金額で定められており、しかもそれらはご覧の通り決して高い金額ではありません。中にはフランスのように、1kg当たりの限度額に加えて、1事故あたりの最高限度額を定めている国もあります。
次に、表2をご覧下さい:
表2 : 米国主要自動車運送業者の賠償責任限度額一覧(各社約款に基づく)
出所:uShip Inc.”LTL Instant Rate Carriers – Limitation of Liability – Help Center”より日通総研作成
これは、諸事情により事業者名は略称とさせて頂きましたが、米国の主要自動車運送事業者の約款上で定められた賠償責任限度額を一覧表にまとめたものです。日本の特別積み合わせに相当する米国のLTL = Less than Trailer Load の運賃は、貨物の品目により適用される運賃がクラス分けされ、高額な品目や比重の高い品目には高いクラス運賃が適用されることが多いのですが、賠償責任限度額についても、運賃クラスごとに重量当たり金額が設定されています。
国際間輸送に携わった方であればご存じの通り、国際間輸送を担う船会社や複合運送事業者の運送責任については、ヘーグ・ヴィスビー・ルールや米国国際海上物品運送法 (USCOGSA = Carriage of Goods by Sea Act) 等で賠償責任限度額が明確に規定されています。
ヘーグ・ヴィスビー・ルールにおける運送人の賠償責任限度額は、責任限度額の計算単位として欧州の自動車運送事業でも多くの国が採用しているSDR(IMF特別引出権)を採用し、運送品1梱包または1単位当たり666.67SDR、または損害を受けた運送品総重量1キログラム当たり2SDRのうち、いずれか多い金額とされています。
最近のSDRの換算レートは、150円から160円の間辺りで推移していますので、この賠償責任限度額は1梱包または1単位当たり10万円から11万円、1キログラム当たり300円から320円ということになり、先述の欧州国内の賠償責任限度額と比較しても、あまり高い金額とは言えません。
一方、米国国際海上物品運送法 (USCOGSA = Carriage of Goods by Sea Act)における運送人の責任限度額は、運送品1梱包または1単位当たりUS$500.00とされており、ヘーグ・ヴィスビー・ルールよりも更に低い金額です。
日本では、このような運送人の損害賠償限度額は国際間輸送のみに適用されるものであり、国内輸送とは全く無関係であると考えられているようですが、欧米においては、国際間輸送と国内輸送で金額は異なるものの、運送人の損害賠償額に上限を設ける点では共通との認識が一般的です。
運送人の故意または重大な過失 (Gross Negligence) により発生した事故以外は、上述のような限度額の範囲で損害賠償が行われているのが、欧米の実態なのです。
問い直すべき、青天井の損害賠償限度額!
「ここは日本だ、欧米ではない!そもそも、貨物を壊した者が弁償するのは当然だ!」という声が聞こえて来そうですが、それでは何故欧米の自動車運送事業者は損害賠償限度額を設けることが適切と考えられているのでしょうか? ここで注目しなければならないのは、自動車運送事業者を含む物流事業者が役務に対する対価として得ている収入と責任のバランスではないかと考えます。
公益社団法人日本ロジスティクスシステム協会の「2017 年度 物流コスト調査報告書」によると、売上高物流コスト比率(全業種)は4.66%であったとされています。当該物流コストに占める輸送費の割合は55.4%であり、売上高に占める輸送費の割合は2.58%ということになります。最近の欧米における売上高物流コスト比率を表す良い統計が見当たらないのですが、この傾向は概ね日本と同様と推察されます。
ここまで読み進んで頂いた読者の方は既にお気づきなのではないかと思いますが、欧米においては、荷主が得ている売上高の20分の1しか対価を得ていない物流事業者、40分の1しか対価を得ていない自動車運送事業者が損害賠償額として貨物価額の全部金額を負担することは不公平であると考えられ、故に賠償責任限度額が設けられているのです。
日本における「運送中に貨物が全損した場合、自動車運送事業者は、時価で当該貨物の賠償を行う」という慣行は、どこにもその金額を転嫁しようがないだけに、日本の自動車運送事業者にとって、また受け皿としての賠償責任保険を提供している日本の損害保険業界にとって、大きな負担であり、大きなリスクであると言わねばならないでしょう。
今回は自動車運送事業にスポットを当てて述べてきましたが、実は倉庫事業もほとんど同様の状況です。第1回、第2回で述べてきた日本の物流の低生産性と共に、日本の物流が乗り越えなければならない喫緊の課題であると考えます。
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