世界の物流デジタル化はどこまで来たか?
はじめに - “デジタル・テクノロジー・ソリューションの祭典” で獲られたこと –
一昨年4月のドイツ・ハノーバーで開催されたCeMATサプライチェーン・ソリューション国際EXPO、12月のニューヨークで行われたロジスティクス・イノベーションカンファレンス、昨年4月のシカゴで開催されたProMATサプライチェーン・ロジスティクス・マテリアルハンドリング国際フォーラムに参画しました。どれも、世界中から精鋭のイノベーターが集結したグローバルにおける“デジタル・テクノロジー・ソリューションの祭典”です。筆者は、先端技術の視察及び、その調査を行うため、これらのイベントを通じ、現地のアテンダーを介して、ベンダー30社のスタッフへのヒアリング及び、アンケートを行いました。そこから獲られたことは、欧米の物流デジタルソリューションと、日本のソリューションと比べた際に、どこにどれだけのギャップがあり、日本ではどこの領域が有効活用できるのか、また、利用する側の企業にとってどのような有益を得ることができるのか、そして、日本の物流自動化には何が不足していて、何が必要で何が無駄なのか、といった過不足の検証ができたことです。先ずは、それらに基づいた欧米の物流デジタルソリューションの特長を述べていきます。
欧米の物流デジタルソリューションの特長
欧米の物流デジタルソリューションは、ハードウェアの観点からは7つに分類されます。
「自動ロケーション(自動ラック)」、「自動フォークリフト」、「自動格納・保管機器」、「自動搬送(ソーター)・仕分機器」、「自動ピッキング機器」、「自動梱包機器」、「自動検品機器」です。
また、ソフトウェアの観点で言えば、「貨物トラックの自動運転アプリケーション」 の注目度が大変高く、ギャラリーの旋風を巻き起こしていました。どのソリューションについても、見た目では判断し難いものはなく、一目瞭然で製品のイメージが掴め、仕様や処理能力(性能)、有効性などをタイムリーに確認することができました。ヒアリング・アンケートから得た事を具体的に掘り下げていくと、次のような有益な情報を得ることができました。それは、企業ごとの「重要視している品質・稼働性KPIの優先順位」 について、です。まずは、図表-1を参照下さい。傾向としては、「効率性と能率性」が占める優先度の高さが際立っています。次いで、「安全性と信頼性」の優先度の割合が高いことが言えます。一方で日本では、一般論として「正確性」が重要視されていますが、欧米での優先度が4番目という結果を見ると、欧米と日本の思想に違いがあることがうかがえます。欧米では精度よりもスピードを重視するあまり、ダイナミックなサプライチェーン・オペレーションとなっています。逆に日本は、「緻密さ」や「的確さ」など、高い精度で、きめ細かいオペレーションにて高品質を求めるといった国民性が表れているのではないかと思料しました。
次に、欧米の企業におけるビジネス効果の検証(直接ヒアリングで得た情報から考察)をしていくと、図表-2のような傾向が見られます。効果を大きく分けると、「人件費削減化」、「労働時間短縮化」、「事故低減化」、「販売拡大」の4つの効果が挙げられ、「人件費削減化」 と 「労働時間短縮化」の2つで70%以上の割合を占めています。結果的に、「事故低減化」の割合が3番目ということでやや低い傾向にあり、ここでも“品質”を重要視する日本と、欧米との違いが顕著に表れています。更には、4つ目に挙げている「販売拡大」について、増収という期待効果が挙げられます。デジタルソリューションを物流センターのメインスペースに配置し、一般公開またはオープンに展示をしてショールーム化させるなど、物流現場における「商談アプローチ用の販売・宣伝ツール」 として担いでいる企業の多さが目立ちました。これは、企業の物流戦略の中でも、インフラ戦術の一端であると認識しています。このようなビジネス効果を顧みると、物流事業者側からは、現場改善だけではない、販売機会を得て増収に導くためのセールスツールであることが理解できます。これは、ロジスティクスの機能が従来のコストセンターから脱却し、プロフィットセンターへトランスフォーメーションする布石であるように思えます。
ここで特長の総括をします。欧米と日本における物流デジタルソリューションを鑑みると、日本は正確性を重んじる傾向が強いのですが、欧米は効率性や生産性を優先する傾向が強いです。つまり、欧米型のデジタルソリューションは、スピードや動的といったダイナミックなオペレーションの意向が強いという事です。日本はスピードを上げて生産性を高めるといった思想が欧米に比べると、そこまで高くはありません。また、欧米のデジタルソリューションは、現場のプロセスやオペレーションに合わせた仕様になっておらず、逆にデジタルソリューションの機能仕様に現場側のオペレーションが対応しているという形態になっている特長が多く見られました。
経営とサプライチェーン、それに紐付く自動化施策
日本のみならず、グローバルの共通事項として、ビジネスには3つの“現”の原則があります。それは、「現場・現物・現実」です。この“現”の原則は、物流にも大きく起因し、これらが及ぼす経営への影響範囲は計り知れないものがあります。これらを企業の経営指標に置き換えた場合、アンケート結果から今日のサプライチェーンやロジスティクスを俯瞰的に見ると、物流現場の業績評価などの成果に伴い、デジタル機器の導入・稼働がもたらすビジネス指標への影響度が非常に大きい事が把握できます。その根拠として図表-3をご覧ください。自動倉庫、自動フォークリフト、自動搬送機器、自動ピッキング機器、自動検品機器の利活用が与えるインパクトは、PL・BS・CFなどの財務指標にも相応の効果をもたらすことが明らかになっています。ただし、財務指標への効果については数字の条件があることが分かりました。それは、自動化機器導入後2年以内に効率または能率が20~30%向上していることが前提となっていることです。これらも、ヒアリングで得た結果です。
過去、現場の作業を生業としている荷役員にとって財務指標は、直接目に触れる事もない数字だった為、「現場を回す当事者」として見た場合、あまり重要視しているものではないようでした。しかし、現在は現場の生産性と品質の良し悪しが財務指標の増減へ直結しているので、現場の最前線で立ち振る舞う荷役員にとっても経営を可視化するための数字として、財務諸表は重要管理指標であると理解できているとのことでした。
本ヒアリング・アンケートの結果から、経営とサプライチェーンは密接に関与し合い、業務効果だけではなく、経営効果を生み出す施策として自動化ソリューションが最たる有効手段であることが改めて立証できたと言えるのではないでしょうか。
先端デジタルロジスティクス vs 昔ながらのアナログ物流
CeMAT、ProMATなどのEXPOに参画している企業所属のイノベーター(技術者)やセールス担当窓口から、先端技術を取り入れたデジタルロジスティクス配下で運用したケースと、昔ながらの経験則に基づく勘や目視、手作業などに頼った属人的判断と行為によって運用したケースを比較した場合の効果について、図表-4の通り聞き取りすることができました。これは、欧州と米国におけるロジスティクスの効果率(向上率)のことです。(あくまでも、聞き取り調査の範疇なので、この効果率の信憑性が100%ではないにせよ、製品を作り、それを販売する当事者からの「生の声」なので、相応に信頼度は高いと見なすことができます。)効果の特色としては、どの指標においても数字の傾向(レーダーチャートの形)が、ほぼ同じであることです。結果的に効果率は欧州、米国も比較的同じ傾向を示している事が分かります。
一方で、欧州と米国のデジタルとアナログの運用事情を比較して考察すると、図表-4から言えることは、当然の事ではありますが、アナログ物流よりも明らかにデジタルロジスティスクの効果率の方が高いことがうかがえます。しかし、圧倒的な大差があるわけではなく、どの軸(効果の項目)についても、効果の差は想像していたよりも小さいという結果になりました。オートマチック化されたロボットやマテリアルハンドリングは現時点において完全に成しておらず、発展途上の段階にあります。一般的には魔法の玉手箱のイメージが先行し過ぎている印象です。特に、安全性・信頼性においては、デジタル運用でもアナログ運用でも、他の軸(指標)と比べて大きな差異(+10%程度)はありませんでした。安全性、信頼性を確保する際の判断や管理においてはアナログ処置に頼るケースも多いようです。
ここで言えることは、現時点において、“いぶし銀的存在”の職人がいることで、アナログ物流は部分的ではあるが、デジタルロジスティクスに追随できていることが分かっています。だが、技術のスピードは日進月歩で進んでいるため、いずれアナログで対応していた目視による判断や手動で実施している作業は、ほぼデジタル化(AI化・ロボット化)されると思われます。インダストリー4.0で提唱されている技術革新については、現時点では機械と手動のハイブリッド型であると思料しますが、あと数年もすればインダストリー5.0の時代に突入し、″半自動化“から“完全自動化(一部を除く)”の時代へ変遷していくのではないでしょうか。改めて図表-4から分かるように、欧州のデジタルとアナログにおける生産性の効果率の差は30%、米国では20%の差が生じています。この差は、デジタル対応時の効果指標の優位性であり、デジタルソリューションを利活用した場合の向上率を示しています。しかし一方で、イレギュラー発生時の事後処理や復旧処置などは、完全自動化にはまだ程遠い部分もあり、デジタルロジスティクスがアナログ物流の領域を完全に吸収するには、相当の時間を要するのではないかと思われます。
ロジスティクス、物流テクノロジーの未来
昨今、一般論として日本のロジスティクスや物流は、欧米に比べ10年以上遅れていると言われています。物流を支える機能群を最適化し、低コスト・低労力・短時間での運用を効率的且つ飛躍的に実現するには、アナログ対応一点張りのやり方は、既に限界に差し掛かっていると言えるでしょう。今後、大企業だけではなく、中小企業、零細企業レベルまで、ロボット、IoT、AI、BIツールなど、先端技術を駆使しなければならない時代が、直ぐそこまで来ていることは紛れもない事実です。近い将来、スマートフォンなどの個人携帯端末が5Gにて全国の物流システムと繋がり、専用化していた物流の仕組みが汎用化され、外部からのアクセスもWebを通じて可能となり、「いつでも、どこでも、誰もが自由に使える」 “オープンロジスティクス”の時代が到来する日も遠くはありません。
現時点において、ロジスティクス、物流テクノロジーは、未だ発展途上の段階と言えるが、これから更に加速的に進化していきます。海外と比べ、効率性や能率性、生産性に課題を残す日本は、むしろ海外ソリューションよりも勝っている正確性や安全性、信頼性などの長所を担保し続けたうえで、海外のイノベーション製品の展示会等に足を運び、効率・生産に対する技術と成功事例を学習し、そこから先進ノウハウと革新手法を得ていくことが必要ではないかと思料します。
日本企業が今後すべきことは何か!?
繰り返しになりますが、日本のロジスティクスや物流を技術面において、欧米並みのレベルまで到達させるには、物流の仕組みを情報武装させ、オペレーションの大部分を自動化させていくことが不可欠と言えます。例えば、小さくて擦れた読みにくいバーコードやランダムに貼られているラベル上のタグなどを正確にスキャンし、データを瞬時に読み込ませる技術については加速的に進化しているが、読み込みエラーが生じた場合の応急処置、エラー解除後に行う作業(稼働)の始動調整等については、まだ人の判断と手動によるリカバリー行為が必要になります。人が判断する領域までも情報武装させ、自動化させるソリューションについては海外事例などを参考にして、導入を検討すべきと考えます。最たる例で言えば、物流事務が挙げられます。事務処理はルーティーン化した定型業務の割合が多いため、RPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)の導入である程度自動化が図れます。しかし、物流倉庫の荷役現場や輸送・配送のフロント実務になると、業務プロセスもオペレーションの内容も統一されていないばかりか、標準化も十分に進んでいないため、自動化・機械化できる範囲は限られます。日本は、欧米に比べ業務の標準化が遅れています。その理由、原因は荷主企業のニーズに合わせたオーダーメイド型のオペレーションモデルを適用している事です。庫内レイアウト、ピッキング手法、仕分け手順、搬送・移送する際の動線、検品処理方法、データ送受信の定義までもが、荷主企業指定の特有のやり方に合わせていることが多いのです。イノベーショナルな技術だけが先行し、現場の実務がそれに追いついてきていないのが実態であり、カスタマイズ業務の弊害とも言えます。日本の物流そのものが、まだ非標準であることが言える今、日本企業が今後すべきことは、作業プロセス及び、オペレーション内容、情報システムを限りなく標準仕様に近づけることです。物流現場が非標準である限り、先端技術を導入したとしても、宝の持ち腐れになってしまうのです。
現在、SPA(製造小売:Speciality Store Retailer Of Private Label Apparel)と呼ばれる一部の小売業が製造の分野まで踏み込み、自社のオリジナル商品の開発を行って、自社で販売する方法についての一連のプロセスを標準化し、それを業界内で統一しようとする動きがあると聞きます。物流の分野においても、例えば、類似製品としての特性(貨物の形状、重さ、容積、取扱条件、納品の前提)と近しい販売物流網において、プロセス・オペレーション・ネットワークを標準化し、同業他社間で業務の統一化(一元協業化、共同化)を図り、先端技術を導入し易い環境にもっていくことが急務であると考えます。これらの施策は、荷主企業にとって、物流コスト削減に直結する最短の有効施策であると言え、同時に物流事業者にとっては販売拡大機会の創出、ベースカーゴの確保にも繋がるのではないでしょうか。
最後に - 物流現場自動化に伴う透明性がロジスティクス発展の鍵を握る! –
昨年、2度にわたり、羽田にあるヤマトロジスティクス社が運営する“クロノゲート”に足を運ぶ機会がありました。受付棟、オフィス棟、憩のスペースだけでなく、心臓部であるオペレーションエリア(一部の見学コースのみ)までもがオープン化され、外部の一般顧客からも観覧ができるように 「見える化」 されていたのです。今までの物流センターのイメージを大きく変える、先進技術と業務ノウハウの英知が集結された国内随一のロジスティクス最先端型ショールームと言えるでしょう。見学できたエリアに限る話ですが、当初、自動ソーター・仕分けシステムは、ダイナミック(スピード&動的)なイメージのみが先行していましたが、逆に非常に繊細に貨物(商品)を扱っていたのが印象的でした。一般論で考えた場合、今までの物流オペレーションは、スピードを求めれば必然的に仕分け間違いや荷物事故に繋がる確率が理論的に高くなるのが常識でした。しかし、クロノゲートで見た自動ソーターは、スピードも十分な上(1機で1時間最大4万8千個を処理し、同一庫内に複数機が稼働)、仕分けミスはバーコードセンサーで防御され、ほぼ100%に近い精度で正確な仕分けが実施されていました。また、荷痛みを防ぐため、貨物の流れ(動き)から生じる衝撃を、ソータープレートの微妙な振動が衝撃を吸収し、それが結果的にクッションの役割となっていて、貨物の自動緩衝行為に繋がっていました。スピード面、正確性、安全性が担保され、“高品質な物流”を保障する信頼性の極めて高いソリューションであることが改めて理解できました。このようにロジスティクス・物流における安全性や信頼性を現場実務に直接波及させ、稼働状況の可視化を含めて物流の状態を透明化している拠点も国内ではあまり例がありません。まさに日本屈指のロジスティクス・デジタルソリューションと呼べるのではないでしょうか。
今、欧米を中心とした海外の物流センターでも、作業を実施している状況・状態、業務を支える先端技術やシステムを大部分公開(機密性の高いエリアは非公開)しています。やはり、このように現場を「見える化」から「見せる化」 にしていくことで、オープンイノベーションの促進が図れると同時に、企業の信頼性向上にも繋がっていきます。
今後、日本のメーカー系物流子会社、製造小売系物流業者、独立系物流専業者も、従来ブラックボックス化していたオペレーションプロセスやネットワークの領域をオープン化させ、物流領域のみに留めることなくサプライチェーンまで踏み込んで透明性を担保していく必要があると思料します。
先の、「経営とサプライチェーン、それに紐付く自動化施策」で述べた、企業財務諸表である「PL・BS・CF」は、企業の健康状態を診断するための可視化指標でありますが、これからは、ロジスティクスや物流に関連する活動指標も財務諸表の一般管理費や販売管理費を可視化する管理項目のみに限定せず、企業の主要活動原価基準のKPIとして更に強化を図っていくことが必要であると感じます。経営とサプライチェーン、それに紐付く自動化施策が上手く歯車が合えば、「正確性」「安全性」に勝る日本のデジタルロジスティクスの優位性は海外よりも勝るはずです。
最後に、国内企業のロジスティクスが発展するためには、物流を自動化(デジタル化)させて現場を透明化することが最短ルートであると思料します。また同時に、安全性と信頼性に繋がるということを市場に対して浸透させていかなければならないのです。
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