シリーズNX総研の社長が語る5 EU理念の深化による経済活動の変化―後編:物流への影響と日欧の働き方
前編では、EU統合の深化とユーロ導入前夜について書きました。まだご覧になってない方はそちらをご覧ください。
ユーロ導入による物流への影響
人、物、資本、サービスの移動がEU内で自由になることで、物流業に大きな影響がもたらされました。特にユーロ導入により、リードタイムや配送費用を考慮した最適地を設定できるようになりました。欧州の大手物流企業は、それまで各国の最適地にそれぞれ自社所有の配送センターを配置していましたが、ユーロ導入後は複数の国々を一つのマーケットとして、顧客の要望に沿った柔軟な体制をとるために、自社所有の配送センター施設を物流不動産事業者、しばしば自社グループ内の不動産会社などに一旦売却し、そこを顧客との契約期間と同じ条件で再リースするようになりました。これにより、顧客が配送拠点の移転を要望した際には、比較的容易に別の場所に移転できるように対応しました。
以下の資料は、集約型と分散型をそれぞれの項目で優位性を示したものです。緑は優位性が高いことを、ピンクは低いことを示しています。販売会社としてどちらを選択するか、それは事業戦略に少しでも沿う方を検討することになります。
集約型と分散型の優位性一覧
(NX総合研究所にて作成)
ユーロ導入による物流変革は当時私が勤務した配送センターにも大きな影響を及ぼしました。主要顧客はドイツの販売会社で、配送サービスには十分ご満足頂いていましたが、欧州における戦略的判断からオランダに中央配送センターを設けられることが決まり、続々と移転されていきました。一方でドイツには東欧も販売範囲に含めた中央配送センターを設けたい販売会社や、ドイツの販売先にきめ細やかに対応するため分散型配送拠点を選択される顧客もあり、転出と転入の連続でほぼ10年近くを忙しく過ごしました。最近ではコロナの影響から、他国への輸送が困難になった時期もあり、分散型を見直す傾向もあります。「歴史は繰り返す」の言葉通り、販売戦略やマーケットの要望に合わせて物流拠点の集約と分散が繰り返されています。中央集約と分散は対極関係にありますが、中央集約と分散の組み合わせであるセントラルとサテライト配送センターのモデルも、かつては分散により膨らみがちの在庫量をITの応用でコントロールしながら、短いリードタイムを実現できるようになりました。
人の移動の自由化による配送センターへの影響
EUは現在27か国あり多くの国では言語が違います。もともと欧州はベルギー、オランダ、英国、フランスなど多くがアフリカやアジアに植民地を持っていたことから、様々な民族が移住していました。オランダには古くからインドネシア人が多く、歴史が長い分教育水準も高く相応の地位にある人も多くいます。フランスには西アフリカ諸国の人々やアフリカ北部フランス語圏のモロッコ、アルジェリアなど中東系、ドイツにはトルコやポーランド、ロシアなど東欧系の移民も多いところです。さらにEU内で人の移動が自由になり、今ではシリアやアフリカなど紛争地域からの難民や移民が増えているため、文化や言語の違いでコミュニケーションはますます難しくなっているのではないかと想像されます。こうした人達に間違い無く作業してもらうために、配送センターにおける作業は極力標準化・単純化され、ビジュアライズされたマニュアルや写真による事例説明など、視覚的に分かるような工夫がされています。WMSの表示通りに作業を行えば誤りが無いようにすること、作業者には勝手に判断して行動しないよう、わからない時には作業場に掲示されている写真の人達(スパーバイザー、フォアマン)に聞くように指導されています。
それでも、作業者が定着しない現場や立ち上げたばかりのオペレーションでは混乱が生じます。指示したはずなのに聞いていなかったのか理解していないのか、指導されたとおりの行動ができないことが多く、その徹底を図ることが難しかったことが今でも強く印象にあります。
日本と欧州;働き方の意識の差と標準化
一方で、WMSに管理された単純作業は日本人にとっては面白くないようです。ドイツでは日本から若手の作業職社員を1年間研修員として受け入れしたことがありました。数カ月して彼が言うには、「ここのピッキング作業は全然面白くない。」ということでした。WMSからハンディ・ターミナルに指示が表示されペーパーレス、自動化機器なども一般的な日本の配送センターより進んでいましたが、何が面白くないのか聞いたところ、「ここでは端末に出る指示通りに作業を行い、終日それを繰り返した後、定時になれば仕事が終了するだけで、何も考えることができない。端末の表示も今やることだけしか表示されず、その後に何をするのか先を見ることもできない。だから機械のように動いているだけで面白くありません」ということでした。では、日本の何が良いのか聞いたところ、「まず初めに紙のピッキングオーダーをみて、どうすれば早くできるか自分で考えて順番を決め、それから取り掛かる。作業が間違いもなく早く終われば、まだ忙しそうな人を手伝い、みんなで早く終わればうれしいし、うまくいかないときは何が良くなかったのか原因を見つけ、よりよい方法を考えて次にそれを試し、改善を実感できるのが楽しかった。」と、なるほどと頷いたものでした。
おそらく、これは日本人に限ったことではなく、欧州でも同様に思う人は多いのではないかと思われます。ただ人件費が安い定着性の低い人々に働いてもらうこともあり、その人たちに早く仕事を覚えてもらい、間違いなく作業してもらうために、工程を単純化し人も機械の一部のようにすることになったのであろうと思います。欧米では、こうして作業を標準化・単純化することで、機械化や自動化がますます進み、さらに荷役機械の数が増えることで値段も下がり、より一層機械化の導入が増えるといった好循環が生まれていると想像されます。翻って日本国内を見れば、標準化・単純化とは逆に自分たちのやり方が一番良いとばかりに企業単位や産業ごとの部分最適が進んでしまい、物流全般の全体最適が進まなかったのであろうと感じられます。
物流2024年問題の解消に向けて
そうはいっても、少子高齢化が進み、トラックやフォークリフト・ドライバーがさらに不足することが明らかな日本では、物流2024年問題を契機に、ドライバーが積み下ろし作業をせず、フォークリフトが少なくてもすむように、パレットサイズを統一し、一貫パレチゼーションを徹底して進める必要があります。さらに自動車運送の生産性を高めるには、トラック単車運行からトレーラー差し替え方式への変換は必須で、これらによって荷下ろしや待機に時間を費やすことを無くし、本来の運送に専念できるようにすることでドライバー不足問題を軽減し、いずれは技術開発によりトレーラーの自動走行と積み下ろし荷役の自動化で慢性化する労働力不足に対応していくことになるものと考えます。
一貫パレチゼーションとトレーラー主体の欧米型の物流を、日本でもコストコ・ホールセール・ジャパンが実現されています。同社の協力を得て、弊社研究員の田阪幹雄リサーチフェローが2023年12月7日付けWEDGE電子版に寄稿しておりますので是非ご一読ください。(「物流2024年問題」解決策はコストコ日本法人から学べ! Wedge ONLINE(ウェッジ・オンライン) (ismedia.jp) 日本でも生産性の高い物流をご覧いただけます。もちろん日本の店舗は規模が違うとか、商習慣が違うとか、そのまま真似はできないところもありますが、大いに参考としていただき、今から取り組むべきであろうと思います。
(この記事は、2023年12月19日時点の状況をもとに書かれました。)
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