加速する変革を前に立ちはだかる3つの課題
日通総研ニュースレター ろじたす 第20回ー②
【News Pickup】加速する変革を前に立ちはだかる3つの課題
北米最大のサプライチェーン関連協会、MHIのカンファレンスに参加してきました。
2016年10月17日から19日の3日間、アメリカ西部・アリゾナ州のツーソンでMHI 2016アニュアル・カンファレンスが開催され、当社も情報収集のため参加してきました。MHIはマテハン機器メーカー、IT企業、物流事業者などから構成される北米最大のサプライチェーン関連の協会で、毎年10月定期的にこのカンファレンスを開催しています。今年の主題は「Accelerating Change(変革を加速する)」でした。私が見聞きしてきた情報を写真も交えて簡単にご紹介したいと思います。
写真1:ツーソン郊外のリゾートホテルで開催。環境はよいですが外には何もありません。
写真2:カンファレンスの看板
写真3:BBQの様子
前述の通り今回の主題は「変革を加速する」でしたが、その中でも3日間を通して以下3つの大きな課題を中心に議論が展開されました。
① 将来のサプライチェーンの担い手を築く (Building the Future Supply Chain Workforce)
日本のロジスティクス業界と同様に、アメリカでも質の高い労働力(マネージャー、オペレーターの双方)が不足しており、物流企業は困っていました。アメリカは移民が多いので、そんなことないだろうと思っていたのですが・・・。日本に戻ってからこの記事を執筆している時に、移民政策の転換を標榜しているドナルド・トランプ氏がアメリカ合衆国の次期大統領になることが決まりました。物流業界の苦悩は続きそうですね。
労働力不足の理由も日本とほぼ同様に、人口構成の変化(老齢化)、ロジスティクス業界の良くないイメージ(仕事がきつくて給料が安い)、そして実際に安い給料です。これらに より若者がなかなかロジスティクス業界の仕事に就こうとしません。アメリカ特有の問題では、「ミレニアル世代(1985年以降に生まれた世代)」という問題があるそうです。たとえロジスティクス業界への就業を希望しても、この若い世代は資格や態度に問題があるため、企業側としては「“とても雇えない”人が多い」とのこと。期待していた若者がやっといたと思ったのに“採用できない”なんて、本当に上手く回らないものです。
このトピックのワークショップで司会進行役をしていた人材育成会社の方が、自身の経験をもとに、「人材を育てるには、いっぺんに問題を解決する“魔法”はなく、早いうちから上司・部下がお互いに期待していることを理解しあう仕組みが必要。特にミレニアル世代に対しては、その前の世代よりもコミュニケーションを密に取ることで育成を図るべき。」とアドバイスをしていました。ドイツもアメリカと似たようなものですが、日本では特定世代の資格や態度に苦しむということはないのではないでしょうか。(もしあるならご教示ください。)
② 変化を管理・対処する(Managing Change)
物流業界では、グローバル化によりサプライチェーンが非常に長くなり、かつ業者間の競争が激しくなっています。新しい市場状況、政策、顧客要求の変化のスピードはこれまで以上に速くなっており、その変化に「如何に対処するか」がまだまだ大きなチャレンジであるとのことでした。
③ サプライチェーンにおける自動化とビッグデータのインパクト (The Impact of Automation and Big Data on Supply Chains)
今回のトピックで一番話題になり参加者の興味を引いたのは、これまでのロジスティクス業界のものとは全く別ものの、新しい技術が及ぼすインパクトの話でした。ロボット技術、ドローン、人工知能(AI)、仮想現実(AR)、SAAS(Software as a service)などが近い将来、現在のロジスティクス・オペレーションを急激に変えてしまう可能性が大きいと。物流企業はこういったインパクトに対して、どうやって準備しておくべきか、また技術革新が起こったらどうやって利益を上げていくのかについて、良い案が浮かばず頭を悩ませているようでした。
ワークショップでは、あるベンチャー企業が仮想現実(AR)のヘッドマウント・ディスプレイ(HMD)の実機を持ってきてくれたので、参加メンバーで実際に装着してみました。その後の議論で、これらの新しいテクノロジーや機器が、ハード的およびソフト的に既存のシステムと互換性があるのかが話し合われました。当然ながら互換性はなく、新たに全ての機器を新調することになると、莫大な投資が必要になります。まず、それらを導入するほど自社のオペレーションが成熟しているのか、投資に対するリターン効果(ROI = Return on Investment)はどうかなど、白熱した議論となりました。
これらの議論の中で頻繁に登場したツールに「U.S. Roadmap for Material Handling & Logistics(米国におけるマテハンおよびロジスティクスのロードマップ)」があります。MHIが発行している、現在そして将来のトレンドやビジネス環境の変化についての見解をまとめたものです。乱気流のように変化が押し寄せている今の状況の中では、アメリカの中小物流関連企業が戦略を策定するうえでの大きな助けになる情報だと思います。2016年版は来年4月にシカゴで開催されるMHI主催のマテハン展示会、PROMAT(プロマット)で発表される予定です。(2014年版になりますが、こちらのサイトからダウンロードが可能となっています。http://www.mhlroadmap.org/roadmap.html 英語版のみ)
人工知能(AI)についての話題は、無人運転での活用や、無人倉庫・工場を目指すためのツールなどにおいて紹介されていましたが、ドイツや日本で紹介されている内容とほぼ同じでした。この分野は「シリコンバレーの技術がこれまでのマテハン業界を全く変えてしまうかもしれない」「我々の仕事がシリコンバレーに奪われるかもしれない」といった、心配の声がアメリカでも多く聞こえました。ドイツのBVLカンファレンスに参加した当社メンバーによると、ドイツでもシリコンバレーに怯える声があったらしく、国・地域ではなく、新旧の対決といったところでしょうか。
一方ビジネス面においては、新規技術の導入により「(グローバル化により長くなってしまった)サプライチェーンが短くなるかもしれない」「垂直・水平の両方に相互に連結されるようになるだろう」「取り扱う商品はかなりカスタム化(SKUが増える)され波動も増えるが、その短いサプライチェーンで対応可能になるだろう」などと意見が飛び交っていました。また、3Dプリンターの普及により「ニア・ショアリング(Near-shoring=市場に近いところで製造などの事業活動を行うこと)が起こり、賃金が高い先進国にも製造業が戻るだろう(ただし昔のような大量生産方式ではなく)。それに伴い輸送ビジネスは原材料と完成品に集約していくのではないか」といった見解もありました。
写真5:カンファレンス会場の様子
写真6:HMDを装着
写真7:新技術についてのプレゼンスライド
これまでに聞いたことのある話もありましたが、現地で実際の業界プレーヤーと会い、アメリカや世界のロジスティクス業界の将来像について討議できたのは大変貴重な機会でした。私自身このようなカンファレンスに出席したのは初めてでしたが、様々なバックグラウンドを持った人、競合、パートナー、専門家などが一堂に会して意見交換したり、ネットワーキングすることができたのも大変素晴らしい経験となりました。
次回2017年のMHIカンファレンスは、10月1日~4日にフロリダ州のボカラートンで開催される予定です。日本の皆様も出席を検討してみてはいかがでしょうか。
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