物流DXで新規事業を創出するために考慮すべき3つの事業環境変化
はじめに
「誰も求めていない新規事業に多額の投資をして立ち上げてしまう。」これが、典型的な新規事業創出の失敗事例です。その結果、誰も使わないシステムや真新しい設備だけが残されることになります。こうなってしまうのには複数の原因があります。まず考えられる原因としては「ユーザーのニーズを理解せず、ソリューション優先で推し進めてしまうこと」です。さらに、変化が加速している時代における新規事業創出の失敗で重視すべき原因としては「時代の変化にマッチしていないこと」があげられます。
新規事業創出に失敗する2つの原因
まず一つ目の「ユーザーのニーズを理解せず、ソリューション優先で推し進めてしまうこと」という失敗原因についてです。例えば、ほんの数年前には高画質テレビの熾烈な開発競争が繰り広げられていました。しかし、明らかになったことは、もはや画質向上はユーザーの中心的なニーズではないということでした。今や動画の視聴には地上波テレビ局ではなくYouTubeやNetflixなどの配信サービスを利用するユーザーが増えています。そこで、ユーザーの関心は高画質テレビではなくチューナーレステレビに移行しているのが現実です。こうしたユーザーニーズの変化を的確に理解できなければ新規事業の創出は成功しません。
変化が加速している時代における新規事業創出の失敗でより重視すべき原因としては「時代の変化にマッチしていないこと」があります。例えば、20世紀初頭には馬車からトラックに輸送手段が劇的に移行した時期がありました。もし、世の中がすでにトラック輸送に移行しようとしている時期に荷馬車を大量に発注して馬車輸送の新規事業を立ち上げようとしている経営者がいたらどうでしょう。特殊事情でもない限り、それは時代遅れの馬鹿げた判断といわざるを得ないでしょう。この話は今でこそ誰でも理解できますが、馬車から自動車に一気に移行した20世紀初頭には理解できない経営者も少なくなかったのです。
前提となる事業環境の激変を的確に予測する
20世紀初頭に馬車からトラックに輸送手段が劇的に移行した変化をはるかに凌駕する巨大な変化の波が物流業界に押し寄せています。波は幾重にも重なって次々と物流業界に襲いかかろうとしています。DX分野における第一の大波は「ディーゼルトラックがEVトラックに置き換わる」という変化です。そして、第二の大波が「有人トラックが完全自動運転トラックに置き換わる」という変化です。さらに、第三の大波として「人による荷役が各種ロボットによる荷役に置き換わる」という変化が生じつつあります。
この激動の時代において生き残るためには来襲しつつある事業環境の変化の内容を正確に予測することが不可欠です。本稿では、特に「時代の変化にマッチしていないこと」という失敗原因に対して適切に対応できるように、3つの大波に関して事業環境がどのように激変するのかという視点から検討していくことにします。
第一の大波:「ディーゼルトラックがEVトラックに置き換わる」
物流DX分野における第一の大波は「ディーゼルトラックがEVトラックに置き換わる」という変化です。EVについては様々な利害が絡むため情報が錯綜していますが、世界の脱炭素化の動きによって遅かれ早かれ自動車のEV化は不可逆的に推し進められていくことは間違いありません。それだけでなく、EVトラックの持つコスト削減効果も無視できません。例えば、ある海外メーカーのEVトラックは3年間で最大20万ドル(約2,800万円)もの燃料費節減が可能だと推定されています。仮にそのようなコスト削減効果が一般的にEVトラックで可能だとしたら、導入しない物流企業はコスト競争に負けてしまうおそれがあります。
さらに、問題はEVトラックの導入に舵を切ったとして、先行するメーカーが発売する性能の優れたEVトラックについては既に複数の大手海外企業が大量発注を始めているという事実です。つまり、コスト削減効果や走行距離などに優れたEVトラックは世界的な奪い合いとなる可能性が高く、現に一部ではそうなりつつあります。判断が少しでも遅ければ、導入を決断しても希望するEVトラックが入手できないという事態が現実のものとなりつつあるのです。
第二の大波:「有人トラックが完全自動運転トラックに置き換わる」
物流DX分野における第二の大波は「有人トラックが完全自動運転トラックに置き換わる」という変化です。この変化に関しても自動車メーカーの利害が強く絡むため国内では情報が錯綜していて、状況を見定めることを困難にしてます。しかし、国外の多様な情報源から動向を探ると明らかに完全自動運転車の開発は最終段階に近づきつつあることがわかります。
決め手は完全自動運転用AIの性能向上であり、その進化は驚嘆すべきところまで来ています。そもそも、AIの一種であるディープラーニングは、2015年の段階で既に画像認識能力において人間の能力を上回っていました。その後さらに進化の速度は加速しており、現在では外界という3D(3次元)環境にうまく対応できるOccupancy Networks(オキュパンシーネットワーク)という最新のアルゴリズムが完全自動運転用AIにも利用されるようになりました。その結果、AIは自動車の運転において人間の能力に限りなく近づき、さらに追い抜こうとしている段階です。
図表1:画像認識におけるディープラーニングの精度
出所:https://www.youtube.com/watch?v=-Dl8s4iufxIより執筆者作成
なお、完全自動運転用AIも一種のソフトウェアですから、スマートフォンのアプリと同様、EVトラックに専用のハードウェアさえ組み込まれていれば、完成した完全自動運転用AIをWi-Fi経由でインストールするだけで瞬間的に完全自動運転EVトラックとして稼働し始めます。それは何百万台だろうと同じことです。つまり、一夜にして世界が変わるということが現実に起こりうるのです。ちなみに、完全自動運転AIの分野で先行している海外メーカーの電気自動車(2016年10月以降の全車種)には、最初から専用のハードウェアが組み込まれているといいます。デジタルの世界では変化は一瞬で起こることを事前に認識しておくことが必要です。
第三の大波:「人による荷役が各種ロボットによる荷役に置き換わる」
物流DX分野における第三の大波は「人による荷役が各種ロボットによる荷役に置き換わる」という変化です。この変化は既に部分的には物流企業でも進んでいます。もっとも、多くの場合、一部の作業にロボットを導入しただけという段階であり新規事業の創出といったレベルには至っていないのが現状ではないでしょうか。既存事業の変革という視点でみても、部分的にロボットを導入するだけでは生産性がせいぜい数倍増加する程度の成果にとどまります。
重要なことは「変化の規模」です。もし、すべての荷役をロボットが人に代わって行うようになったら、それは物流業界にとっては劇的な変化になります。業界の性格が人を中心とした労働集約型産業から機械を中心とした装置産業に移行することになるからです。おそらく、現在導入されている物流ロボットのイメージだけで考えれば、人が担ってきた業務のすべてを代替するのは無理だと思えるかもしれません。人間の持っている手先の器用さや柔軟な判断力が必要とされる業務が物流事業にはたくさんあるからです。
しかし、この障壁ですら乗り越える可能性のある新種のロボットが登場しつつあります。それが、人型汎用ロボットです。人間と同じ姿をしていることで人間用に作られた道具や機械をそのまま操れるという利点があるといいます。この新種のロボットの最大の特徴は内部に搭載されているAIです。実は、前述した完全自動運転用AIが改良されて移植されているのです。現在、完全自動運転用AIは凄まじい速度で進化を続けており、外界という3D(3次元)環境にうまく対応できる能力を高度化させています。その能力は物流における荷役を首尾よく実行するためにも活用できるものなのです。
要するに、AIの能力が人間の作業能力に追いつき、さらに追い越すという劇的な変化の時代に物流業界は置かれているということです。しかも、この人型汎用ロボットは完全自動運転EVと同様に大量生産され、1台あたりの単価も安く設定されています。先行する海外メーカーによると年間100万台を生産し、価格は1台あたり約2万ドル(約280万円)を想定しているといいます。メーカーの予定する生産開始時期は3〜5年後ですが、外部のアナリストによれば5〜7年後あたりが妥当な時期だろうとされています*。
物流DXで新規事業を創出するという場合、数年後に事業環境がどう変化しているのかという予測は不可欠です。そうだとすると5〜7年後には既に物流事業において荷役を人が担わなくなっているという前提を踏まえていない新規事業構想は「時代の変化にマッチしていない」ものとして失敗する運命にあるといわざるを得ないでしょう。それはまるで、20世紀初頭、馬車からトラックに輸送手段が劇的に移行した時期に荷馬車を大量に発注して馬車輸送の新規事業を立ち上げようとしている経営者と同じ轍を踏むものだからです。
まとめ
20世紀初頭に馬車からトラックに輸送手段が劇的に移行した変化をはるかに凌駕する3つの巨大な変化の波が物流業界に押し寄せています。第一の大波は「ディーゼルトラックがEVトラックに置き換わる」という変化、第二の大波が「有人トラックが完全自動運転トラックに置き換わる」という変化、そして第三の大波が「人による荷役が各種ロボットによる荷役に置き換わる」という変化です。重要なことは、来襲しつつある事業環境の変化の内容を正確に予測した上で、新規事業を構想するということだといえるでしょう。
(この記事は2022年11月14日の情報をもとに書かれました。)
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