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物流DX成功のカギを握る「デザイン思考」実践の3つのポイント

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シニア・コンサルタント

宮里 隆司

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徒手空拳のDXでは投資が無駄になる!

DXで必要とされる技術要素はデジタル技術だけだと思われています。しかし、それは間違いです。例えば、新国立競技場をつくるために必要な技術要素は建設技術だけではないことは誰でも理解できるでしょう。この建築物の構想は実際の建設工事が始まる前に、隈研吾氏というデザイナーの手によって生み出されています。つまり、何かモノを創出する場合には必ず上流工程と下流工程が必要であり、下流工程で実際にモノが作られる前に上流工程でデザイン技術を駆使して完成物の構想が出来上がっていなければならないのです。

この関係はDXの実践でもまったく同様です。下流工程でデジタル技術によってシステム等が実装される前に、上流工程でDXの構想がデザイン技術を駆使して仕上がっていなければならないのです。上流工程の重要さは、もし隈研吾氏のデザインがなければ現在の姿の新国立競技場にはなっていなかったことを考えると容易に理解できるのではないでしょうか。他のデザイナーが手掛けたならば、明らかに別の姿になっていたはずです。ましてや、上流工程のデザイン作業を飛ばして下流工程の建設工事だけを急いで推し進めることが、いかにあり得ない話であるかも同時にご理解いただけるでしょう。

ところがDXでは、その「あり得ない」ことがごく普通に行われています。上流工程の重要さがビジネスパーソンにまったく認識されていないからです。このような素人的なやり方ではとうてい成功は期待できません。実際、各種の調査で9割以上のDXの取り組みが上手くいっていないことが示されています。例えば、経済産業省のDXレポート2(中間取りまとめ)でも日本企業のDX成功率は3.1%とされています。さらに、これはDXに限った分析ではありませんが、調査対象企業の87%が「問題の解決」ではなく「問題の洗い出し」に弱点があるため損害が生じていると回答しています *

つまり、DX失敗の大部分の原因は下流工程ではなく上流工程にあるのです。そして、上流工程が失敗の原因となる理由はシンプルにDXの実践における上流工程の進め方を知らないということに尽きます。いわば、徒手空拳でDXに取り組んでいるのが現状であり、これではいくら投資しても残念ながら決して期待する成果は得られません。

物流DXを成功させるカギは上流工程にデザイン技術を導入することにあります。デザイン技術を体系化したものをデザイン思考といい、新しいものを創り出す際にデザイナーの世界で長年用いられてきたプロセスや技術を他の分野にも応用しようとする考え方のことです。デザイン思考も一つの技術体系ですから、他の技術体系と同様、習得にはある程度の時間が必要です。そこで、弊社でもデザイン思考のセミナーやワークショップなどの研修をご提供しており、しっかりとした武器を持ってDXに取り組みたいという方々に受講いただいています。本稿では、本格的なデザイン思考を習得されることを大前提として、デザイン思考を実践する上での重要なポイントについて3つご紹介いたします。

ポイント①:DXには「課題先行」が重要!

まず、「課題先行」という取り組み方を徹底することがポイントです。DXとは「デジタルトランスフォーメーション」のことですから、どうしても最新のデジタル技術に目が行きがちです。その結果、展示会やセミナーで優れたソリューションを紹介されると「これだ!」と飛び付いてしまい、以後はそのソリューションの導入を大前提として取り組みが進んでしまうといった失敗が後を絶ちません。どんなに優れたソリューションであっても解決できる課題には限界があります。本来、ソリューションとは特定の課題に対する解決策であって、万能薬ではないはずです。にもかかわらず、そのソリューションの優れた面だけを見て、自社の状況やソリューションの限界などはまったく見えなくなってしまうわけです。これでは、失敗するのは目に見えています。

重要なことは、「課題」を明らかにするのが先であって「解決策」はその後という取り組みの順番です。例えば、DXを成功させたある物流会社では、課題を明らかにするプロセスに1年近くの期間をかけています。中心となった担当者はその期間は意図的に解決策をテーマにすること避け、メンバーの意識を課題の掘り起こしに集中させたといいます。

「課題先行」という進め方をすれば、自然と「デジタル技術ありき」という失敗を避けることができます。なぜなら、課題を多面的に検討すれば、場合によってはデジタル技術を用いることなく解決できる方法が見つかるかもしれないからです。もちろん、それはデジタル技術の利用を避けるべきだという意味ではありません。大切なのは課題を解決することであって、デジタル技術はあくまで手段に過ぎないのです。

ここで、「デジタル技術ありき」という失敗に陥る別の原因についても触れておきます。逆説的に聞こえるかもしれませんが「デジタル技術ありき」の罠に落ちるのは「デジタル技術知らず」だからだともいえます。AI技術やロボティクスに詳しくない人は、先進的なAI技術を応用した優れたソリューションを見ると、それだけで圧倒されてしまう可能性があるのです。明治維新期に渡欧してパリ万博で最新の機械技術に初めて触れたサムライ達の驚きに近いものがあるかもしれません。ここで必要なことは日頃から「デジタルリテラシー」を養成しておくことです。DXプロジェクトのメンバーになってから付け焼き刃的に取り組むのでなく、できるだけ早期にデジタルリテラシーを習得しておくことが望ましいといえます。例えば、日本ディープラーニング協会が主催しているG検定(ジェネラリスト検定)は、一般のビジネスパーソンがディープラーニングなどのAIの基礎知識を身に付ける機会として最適ですので、お勧めします。

ポイント②:プロトタイピングを実行する!

プロトタイピングはデザイン思考の手順の一つともなっている重要な手法です。ですから、デザイン思考をしっかり習得した上でDXを進めるならば、自然と実践できているはずです。しかし、デザイン思考という確かな方法論もなく勘と経験だけで取り組んでいる企業では、すっぽりとプロトタイピングという手順が抜け落ちているケースがほとんどです。それだけ日本企業にとってはプロトタイピングという発想に馴染みがないということなのでしょう。

そこで、プロトタイピングの手法に含まれる要素をあえて分解してみると、「改善・改良の繰り返し」と「関係者への根回し」という2つの要素を足し合わせたものであるという認識が近いかもしれません。改善・改良の繰り返しという発想は日本企業もPDCAという有名なサイクルとして定着しています。そこで、試作の段階からPDCAを繰り返すようなものだとイメージしていただくとよいでしょう。ただし、プロトタイピングには別の側面もあり、ステークホルダーすなわち関係者に事前に試作品(プロトタイプ)を見てもらうことによって意見や反論を前もって取り込むという機能もあります。それは日本企業が「根回し」という言葉で馴染んでいる機能ということもできるでしょう。

このようにプロトタイピングの機能を分解してみると、解決策に巨額の投資を行う前に試作品段階で改善・改良を繰り返し、かつ、関係者の意見や反論を十分に取り込んでおくという実に慎重な進め方だということが理解できるのではないでしょうか。ぜひ、DXの実践ではベンダーに巨費を投じて実装を依頼する前に、上流工程でしっかりとプロトタイピングを実施しておくことをお勧めします。

ポイント③:リフレーミングで「思い込み」と戦う!

DXのプロジェクトは大きく分けると課題抽出段階と解決策探索段階の2つのステージに分かれます。リフレーミングという技術は両方のステージで非常に重要な役割を果たすものです。なぜなら、人間は「思い込み」による失敗が少なくないからです。仮にリサーチを重ね、慎重に検討した結果、ある「課題」が明らかになったとします。しかし、それが本当に適切な課題かどうかは実のところ確証はありません。もっと適切な課題が他にあるかもしれないのです。現状で抽出している課題は単なる思い込みによって選択したものかもしれません。そうした思い込みを防ぐには、何度も何度も再チェックをする他はありません。ただし、同じような視点から見直すだけでは思い込みには気づけない可能性が高いのです。そこで、視点を変えることがとても重要になります。

例えば「A社では頻繁に会議が開催され、その都度、議事録を特定のスタッフに文書で作成させていたが、議事録の提出が遅れがちとなっていた。」という場面を想定してリフレーミングを試してみましょう。この事例で、ひとまず「議事録作成時間を短縮し負担を軽減すること」が課題として抽出されたとします。確かに、「議事録」という視点で見る限り、そのように課題を提起し、解決策として「文字起こしソフトの導入」という方向性で検討することになりそうです。しかし、本当にそれが適切な課題なのでしょうか。例えば、視点を「議事録」から「スタッフ」に変えてリフレーミングしてみるとどうでしょう。その場合、課題は「議事録作成を他のスタッフも分担させること」に変わるかもしれません。さらに、視点を「頻繁な会議」に変えてリフレーミングすると、課題は「無駄な会議を削減すること」になるかもしれないのです。このように、視点を変えてリフレーミングするというプロセスは、DXの成功のために極めて重要な実践上の留意点です。

まとめ

各種の調査でDXの取り組みの実に9割以上が失敗に終わっているというデータが出ています。そしてほとんどの場合、失敗の原因はDXの実践において上流工程の進め方を知らないということにあるのです。つまり、多くの企業が徒手空拳でDXに取り組んでいるのが現状であり、これではいくら投資しても残念ながら決して期待する成果は得られないでしょう。そこで、重要となってくるのがDXの上流工程にデザイン技術を導入することです。具体的にはデザイン思考という専用の手法をDXの関係者が習得し、活用することが必要です。このデザイン思考の実践においては、さらに、①課題先行、②プロトタイピング、③リフレーミングという3つのポイントを踏まえることが物流DX成功のカギを握ります。

(この記事は2022年10月17日の情報をもとに書かれました。)

  • * 参考:「DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー論文 そもそも解決すべきは本当にその問題なのか」(トーマス・ウェデル=ウェデルスボルグ著、スコフィールド素子訳、2018年、ダイヤモンド社)

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