貴社は「何のために」DXを進めているのか? 〜 DXの2つのパーパス
はじめに
DXに関する国内企業の歩みを振り返ると、最初は「DXとは何か?」という関心から始まり、その後「DXで何をするか?」に移り、今や「DXをどう実行するか?」の段階に進みつつあります。しかし、残念ながら最も大切な問いに対する答えを明確にしている企業はあまり多くありません。その問いとは「何のためにDXを進めるのか?」です。つまり、DXのパーパスが明確化されていないのです。
最初に結論を述べると、DXのパーパスは2つあります。第一に「すべての人々を厳しい作業の負担から解放する」こと。そして、第二に「人々が、もっと創造的でやりがいのある『人間でなければできない仕事』に取り組めるような世界をつくる」ことです。
なぜパーパスを明確化する必要があるのか?
では、このような結論になる理由を説明します。まずは、前提についてです。世界で4000万回以上再生されたTEDトーク動画の講演者であるサイモン・シネック氏によると、アップルのような成功した企業は「Why」「How」「What」の順番で考え・行動し・伝えるといいます。シネック氏の同心円はゴールデンサークルと呼ばれていて、一番内側の円が「Why(何のために)」、真ん中の円が「How(どのように)」、外側の円が「What(何を)」を意味します。そして、成功した企業は、まず始めに一番内側の「Why(何のために)」から考え・行動し・伝えるのだというわけです。
実際、アップルは次の順番で考え、行動し、伝えています。アップルが最初に伝えるのは「私たちのすることはすべて私たちの世界を変えるという信念で行っています」という「Why(何のために)」すなわちパーパスです。その上で「私たちが世界を変える手段は美しくデザインされ簡単に使えて親しみやすい製品です」と「How(どのように)」を述べ、最後に「こうして素晴らしいコンピュータができあがりました」と「What(何を)」に触れるのです。
このように、最初に「Why(何のために)」すなわちパーパスを考え・行動し・伝えているために、アップルはたくさんの人々の心を深く動かし、長期にわたって惹き付けることに成功しました。そうだとするならば、DXで成功したいと考える企業は「DXで何をするか?(What)」「DXをどう実行するか?(How)」について思い悩む前に、まず、そもそも「何のためにDXを行うのか?(Why)」について自問し、明確な答えを出しておく必要があります。
ここで注意すべきことは、その企業そのもののパーパス(存在意義)とDX推進のパーパスとは一応別のものになることです。企業によっては自社のパーパスを明確化している場合もあるでしょう。企業のパーパス(存在意義)については、企業の社会的役割がそれぞれ異なることを反映して、企業ごとに別のものとなるのが通常です。
これに対して「何のためにDXを行うのか?」の答え、すなわちDXのパーパスはほとんどの企業で共通したものとなります。なぜなら、DXという取り組みそのものが企業を超えて共通の性質を持っているからです。この場合の共通の性質とは、AIやロボットを中核としたデジタル技術によってビジネスの変革を図るものであるということです。
DXのパーパス①「作業からの解放」の根拠
では、DXのパーパスの一つが「すべての人々を厳しい作業の負担から解放する」ことになる根拠について見ていきましょう。
DXとは「デジタル技術を活用してビジネスや社会を変革すること」です。そこで、手段としてのデジタル技術の中身が問題となります。確かに従来から存在している一般的なIT技術も重要なデジタル技術ではあります。しかし、近年、驚異的に進化し決定的な影響を与えるようになったデジタル技術は人工知能(AI)です。
AIが人間を超える画像認識能力や判断・推理能力を獲得しつつある現状を考えると、従来「人間にしかできない」と考えられてきた仕事のかなりの部分が、遅かれ早かれAIによって置き換えられていくことはもはや疑う余地がありません。そして、そのAIを搭載したロボットや自動運転車の高度化によって、作業が自動化される範囲は限りなく広がりつつあります。
実は、これと似たような現象が約200年前の産業革命のときにも生じています。産業革命以前の動力源としては牛馬、さもなければ人力に頼るしかありませんでした。当然、そこでは過酷な肉体労働が常態化していたわけです。ところが、蒸気機関の発明によって動力源が刷新されると、過酷な肉体労働が蒸気機関というテクノロジーによって置き換えられていきます。
現在、DXとして進められている変革は蒸気機関による肉体労働の置き換えと本質的には同じ現象だと理解できます。つまり、危険、負担が重い、面倒な作業を人間に代わってAIやロボットが担うようになるという変化が進行しているのです。
実際、「ロボット導入実証事業 事例紹介ハンドブック2018*1」ではロボットにより厳しい作業の負担が解消された国内事例が多数紹介されています。例えば、「導入後、パレット積工程を担当していた女性作業員2名は、重労働より解放され、検査、計量の工程に割り振ることが出来、会社としても労働面、品質面での向上が図れた」とか「当初完全なる無人化を目指しましたが、現段階では1名補助作業要員が必要であるものの、作業者にかかる負担は大幅に削減され、さらに熟練度が不要になった事、又作業人員による生産量のバラツキも無くなり、安定した生産が行えるように」なった、といった実例が紹介されています。
こうした置き換えはデスクワークでも進行中です。例えば、RPA(Robotic Process Automation)はパソコン作業を自動化してくれるソフトウェアであり、従来膨大な時間と手間のかかっていた単調なパソコン作業をロボットが肩代わりしてくれます。なお、単純作業だけでなく高度な需要予測や販売予測であってもAIが熟練スタッフの代わりを務めるようになっています。
このように、DXの進展によってAIやロボットなどの活用が進むと、必然的に人々は「厳しい作業の負担から解放」されていくことになるのです。もちろん、その結果として企業の生産性は大きく向上するでしょう。そこで、「すべての人々を厳しい作業の負担から解放する」ことをDXのパーパスとして掲げることには根拠があるといえます。
DXのパーパス②「人間でなければできない仕事」の根拠
それでは次に「人々が、もっと創造的でやりがいのある『人間でなければできない仕事』に取り組めるような世界をつくる」ことがDXのパーパスとなる根拠についても見ていきましょう。
2015年に野村総合研究所と英オックスフォード大が共同研究した試算によれば、2030年ごろ、日本の労働人口の49%がAIやロボットによって代替される可能性があるとされています *2。この研究結果については悲観的な見方がなされることが少なくありません。つまり「AIやロボットによって代替される結果、日本の労働人口の49%が失業することになる」と短絡的に理解されてしまうからです。果たして本当にそうでしょうか。
すでに見たように、DXの進展によって「すべての人々を厳しい作業の負担から解放する」ことが実現するとすれば、「解放」された人々は次に何を仕事とすればよいのでしょうか。単に「解放」されるだけで次の仕事が見つからないならば、人々は誰もDXに協力的にはならず、大きな抵抗勢力となってしまうでしょう。
例えば、完全自動運転トラックが実用化されたとします。そこで、ある物流企業がDXの取り組みとしてトラックドライバー100名を完全自動運転トラックに置き換える計画を立てたとします。その場合、もし、その100名に対して代わりにやるべき仕事を事前に手当しておかなければ、100名のドライバーはDXの実行に強く抵抗することになるでしょう。
つまり、この物流企業は事実上DXの実行が著しく困難になるのです。仮に、会社側が「100名のトラックドライバーを厳しい作業の負担から解放する」というパーパスのもとに、そのような取り組みを進めようとしても、単純に代替されるドライバー達が納得するはずがありません。
このように、ある作業をAIやロボットによって置き換えようとする企業は、置き換えられることになる従業員に対して、次の仕事を事前に用意しておく必要があります。
では、「次の仕事」はどんなものでもよいのでしょうか。明らかなことは、用意した「次の仕事」もすぐにAIやロボットによって置き換えられてしまうのでは意味がないということです。そこで、「次の仕事」はAIやロボットによって置き換えられにくいものであることが絶対条件になります。つまり、重要な視点として「AIやロボットとの棲み分け」が可能となるような仕事を提供する必要があるのです。
確かに、AI(およびAIを搭載したロボットや自動運転車)は人間を超える認識能力や判断・推理能力を獲得しつつあります。しかし、実はAIにも弱点があります。現在のAIは、明確なデータのないところから何かを創造することはできません。つまり、ゼロから創造する作業が得意ではないのです。また、AIには欲望がないため深く人間の感情を理解することができません。そこで、感情要素まで踏み込んだ高度なコミュニケーションは苦手です。さらに、基本的に過去のデータを学習することで判断や推理を行うので、過去にはなかった新しい事態に柔軟に適応していくことは困難です。
こうしたAIの特性を考えると「AIやロボットとの棲み分け」のために考慮すべき要素が明らかになります。それは「創造力」「高度なコミュニケーション能力」「柔軟な適応力」の3つの能力要素です。この3つの能力要素のいずれかを含む仕事を「次の仕事」として提供すれば、今後長期間にわたって「AIやロボットとの棲み分け」が可能となります。
もっとも、上記の能力要素のいずれかを必要とする仕事を単に提供するだけでは当然上手くいきません。AIやロボットに置き換えられる従業員にそれらの能力要素がもともと備わっているとは限らないからです。そこで重要となるのが能力訓練プログラムの提供です。つまり、将来的に置き換えの対象となる従業員に対しては、早い段階から「創造力」「高度なコミュニケーション能力」「柔軟な適応力」の3つの能力要素について能力訓練を実施するプログラムを準備し、提供することが求められます。
さて、「創造力」「高度なコミュニケーション能力」「柔軟な適応力」の3つの能力要素のいずれかを必要とする仕事の正体は何かといえば、それこそが「人間でなければできない仕事」であるといえます。このような内容の能力訓練プログラムを提供する活動は、AIやロボットに置き換えられる従業員の将来に対する不安を解消し、企業のDX推進の取り組みに対する協力を引き出します。
このような根拠により、「人々が、もっと創造的でやりがいのある『人間でなければできない仕事』に取り組めるような世界をつくる」ことはDXのパーパスとなるのです。
まとめ
現在、「DXで何をするか?」あるいは「DXをどう実行するか?」という段階に止まっている企業は、今すぐ「何のためにDXを進めるのか?」つまり、DXのパーパスを社内に浸透されることを強くお勧めします。DXのパーパスは2つでワンセットであり、①「すべての人々を厳しい作業の負担から解放する」ことと、②「人々が、もっと創造的でやりがいのある『人間でなければできない仕事』に取り組めるような世界をつくる」ことは、車の両輪のごとく常に同時に考慮されていかなければなりません。
(この記事は2022年8月19日の情報をもとに書かれました。)
- 出典:「ロボット導入実証事業 事例紹介ハンドブック2018」経済産業省 一般社団法人日本ロボット工業会
- 出典:https://digital.asahi.com/articles/ASM147S6MM14ULFA027.html
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