冷蔵庫の中のSCM

はじめに
NX総合研究所は2024年に「令和版 物流ガイドブック」の概論編、フィジカル編、デジタル編と「令和版 物流技術ハンドブック」 の4冊を電子書籍で出版しました。
これらの書籍は、物流やSCM実務者に向けた知識の整理や実務の多様性に触れる機会を提供しつつ、物流初心者もプロフェッショナルの世界を垣間見て学習できる内容としています。物流専門シンクタンクである当社が以前に発行した「物流ハンドブック」と「物流技術ハンドブック」の内容を参考に、コロナ禍を経た今含めるべき最新の内容を網羅してアップデートした物流大全として執筆を行いました。
私は概論編においてSCMの項目を執筆しました。物流初心者にSCMをもっとわかりやすく説明できないかと考えて、本稿では「令和版 物流ガイドブック」の内容を引用しつつ、日々の料理作りを例えにした「冷蔵庫の中のSCM」というテーマでSCMの概念について説明します。
サプライチェーンマネジメントのプロセス
原材料や部品の調達、それらを使用した製品の製造から販売(流通)、消費、返品回収までのプロセスをサプライチェーンと呼びます。そのプロセスにおいて、企業や組織の壁を越えてプロセスの全体最適化を継続的に行うために原材料、製品、データ、財務の流れを管理することがサプライチェーンマネジメント(以下SCM)です。全体最適化というのは、最小限の在庫で需要に対応できる体制をつくって企業利益を最大化することを意味します。
SCMは1982年にイギリスのコンサルティング会社であるブーズ・アレン・ハミルトン社によって作られた用語ですが、用語の定義についてはこれまでに発行された多くのSCM関連本において様々な解釈がされており、「令和版 物流ガイドブック 概論編」ではSCMのプロセスを「調達」「生産」「販売(流通)」「消費」「回収」の5つと定義しています。
図① サプライチェーンマネジメントの範囲
(出所:NX総合研究所作成)
上記の5つのプロセスの説明の前に「冷蔵庫の中のSCM」の中で生産する料理の献立表をみてみましょう。
図② 2週間分の献立表
和洋中、肉・魚・野菜をバランス良く組み立てた2週間(14日間)の献立表です。毎日の夕食と平日の5日間のお弁当を毎回4食分作ります。献立表はSCM で言うところの受注リスト、デリバリースケジュールになります。お弁当は平日の月曜日から金曜日の5日間で基本的に晩御飯の残り物が翌日のお弁当のおかずになりますが、ロコモコ丼(ハンバーグ)や中華丼(八宝菜)のように少しアレンジされる場合もあります。仕事と違って週休2 日制は導入されておらず、毎日作らなければいけません。しかし毎日手の込んだ料理を作るのは大変なので、週の真ん中の水曜日の夕食は中休みで市販のパスタソースでスパゲティ、翌日のお弁当のおかずは冷凍食品の詰め合わせで短い調理時間で楽ができるようにしました。カレーライスは2日分作って翌日はご飯を炊くだけで済ませます。カレーライスが作り置きで2 日連続なので14日間で13種類の料理を作ります。作った料理は基本的にすぐに食卓に出すので、ストックもキーピングもほとんどありませんが、物流用語のSKU(Stock Keeping Unit:最小管理単位)は13になります。
前述のSCMの5つのプロセス「調達」「生産」「販売(流通)」「消費」「回収」を冷蔵庫の中のSCMの世界に置き換えて説明します。
「調達」は生産に必要な原材料をサプライヤー(供給者)から調達するプロセスですが、これはスーパーでの「買い物」にあたります。近所の複数のスーパー(サプライヤー)のチラシをチェックして、献立表に書かれたメニューに必要な材料を当日までに安価で購入します。買い物の頻度は週2回程度にして移動費・移動時間の抑えることで調達コストを節約できます。スーパーの特売日にあわせてまとめて購入して、肉・魚など冷凍保存できるものは安い時に買って冷凍しておきましょう。調達した食材は冷蔵庫という倉庫に一時保管します。料理のSKUは13ですが、冷蔵庫の中にある食材・調味料のSKUは無数にあります。バーコードがついているものもありますが、WMS(Warehouse Management System: 倉庫管理システム)はなく、先入れ先出しを目視確認で行ないます。
次のプロセスの「生産」は労働力と設備機械を使って原材料から製品を作り出すSCMの根幹となるプロセスです。人、設備機械、製品完成までのスケジュール、製品の品質を管理する役割を担い、原材料、労働力を無駄にしていないかどうかを確認して、期日までに製品を完成させるための進捗管理をしなければなりません。この「生産」のプロセスは「調理」にあたります。設備機械は鍋、炊飯器、フライパン、ガスコンロ、電子レンジなど、期日は献立表に記載した日付です。調味料や冷蔵庫の中の食材の賞味期限・消費期限を意識して無駄な廃棄をしないように冷蔵庫の中に今何が入っているのかを把握しておく必要があります。労働力は基本的に1人ですが、調理時間を短縮することで労働力を削減できます。昨今はSNSなどで手間をかけずに美味しい料理が作れるレシピがたくさん出回っています。山本ゆりさんの「世界一簡単なサバの味噌煮(レンジ3分)」のような低コストで美味しい料理(≒高品質な製品)を短時間で作れる時短レシピはこのプロセスで大きな効果を発揮します。
「販売(流通)」は完成した製品を販売して消費者に届ける出荷作業のプロセスです。今回の「冷蔵庫のSCM」の世界では作った料理は夕食としてすぐに食卓に出されるので、キッチンからダイニングテーブルまでの数歩が「配膳」のプロセスです。夕食の残りを翌日のお弁当として出すために冷蔵庫に一時保管することも「販売(流通)」にあたります。お弁当箱は輸送容器のコンテナ、お弁当箱にご飯やおかずを詰め込む作業はバンニング。積載効率だけでなく見た目も重視しましょう。
次のプロセスの「消費」は生産された製品の最終到着先のプロセスです。どのような消費者がどの製品をどれくらいの数量を購入するのか、消費者ニーズを的確に掴んで精度の高い需要を予測することからSCMの計画が始まり、「消費」における需要予測からプロセスを逆流する形で「販売計画」「生産計画」「調達計画」が行われます。このプロセスは「食事」です。食事をする人の嗜好や健康を考えた献立を考えること、食事をする人数を把握することで「生産(調理)計画」「調達(買い物)計画」が行われます。
SCMの最後のプロセス「回収」は一度出荷された製品が返品される場合の回収作業のプロセスです。返品の原因は「品質問題」「輸送中のダメージ」「消費期限切れ」などがありますが、これを「冷蔵庫の中のSCM」の世界に置き換えるとどうなるでしょうか。「今日は体調が悪くて食欲がないから食べれない」「職場で誘われて飲みに行ってきたから夕食はいらない」と言われた時が返品にあたるかもしれません。こういった場合は食べてもらえなかったおかずを冷蔵庫に入れて、翌日のお弁当のおかずを少し多めにして出すという対処が可能です。しかし「こんなもの不味くて食べられない」と失礼なことを言われた時はどうでしょうか。「だったら自分で作れば」とか「お金払って外食してくれば」という対処はできますが、料理は余ってしまいます。こういった場合は作った料理をカレー味にしてしまえば何とかなる場合があります。今回の献立表にありませんが、「肉じゃが」が余った時はカレールー入れて煮込めばちょっと甘めの美味しいカレーライスに生まれ変わります。「回収」された製品を再資源化する「3R」(リデュース・リユース・リサイクル)、「サーキュラーエコノミー」(循環経済:既存の製品や材料を再利用する経済)をここで実践してみるのもいいかもしれません。
以下は前述の図①「サプライチェーンマネジメントの範囲」を「冷蔵庫の中のSCM」に置き換えたものです。
図③ 「冷蔵庫の中のSCM」のサプライチェーンマネジメントの範囲
(出所:NX総合研究所作成)
SCMのプレーヤーとトレードオフ
SCMは調達先であるサプライヤー、販売先である卸売会社・小売会社といった複数の外部企業と社内の複数部署の活動で構成されており、それぞれが意思決定を行ないます。SCMの目的は最小限の在庫で需要に対応できる体制を作り、企業利益を最大化することですが、実行する際に各プロセスにおいてプレーヤー間で様々なトレードオフ(あちらを立てれば、こちらが立たぬ)の関係が発生します。以下がその事例です。
図④ SCMのプレーヤーとトレードオフの例
(出所:NX総合研究所作成)
「冷蔵庫の中のSCM」では各プロセスのプレーヤー「買い物する人」、「調理する人」、「配膳する人」、「食事する人」、すべてが同じ人物の場合が多いです。その場合は各プレーヤー間の摩擦はありませんが、トレードオフは下記のような形で発生することがあります。
図⑤ 「冷蔵庫の中のSCM」のプレーヤーとトレードオフの例
(出所:NX総合研究所作成)
「冷蔵庫の中のSCM」ではトレードオフのリスクをすべて自分でかぶることになるので、各プロセスでの慎重な見極め・判断はとても重要です。安くて美味しくて健康にいい料理は調理をする人がトレードオフのいろんな葛藤をかかえながら作っていることを「食べているだけの人」は理解して感謝しましょう。
おわりに
本稿では文字数の関係でここまでとなりますが、お役立ち資料「SCM概論~冷蔵庫の中のSCM~」では「SCMの代表的な管理指標」について説明しています。続きを読みたい方は下記URLよりダウンロードして下さい。
近年、物流を取り巻く環境はコロナ禍、働き方の変化、物流人材不足、不可抗力による物流混乱等により、かつてないほど物流にスポットライトが当たり、ここ数年だけでも過去にない激しい変化が起きています。そのような背景を踏まえて執筆された「令和版 物流ガイドブック」は物流部門と共にサプライチェーン管理業務を遂行する製販部門のプロフェッショナルが、物流の基本知識やサプライチェーン管理に直結する物流の基礎知識を取得できる内容となっております。
Kindle Storeでの販売ですが、ペーパーバック版を選択いただくと、A4冊子として購入者が指定した住所に配送されます。ご興味をお持ちになられた方は是非ご購入下さい。
(この記事は、2025年1月6日時点の状況をもとに書かれました。)
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