倉庫は他の不動産とどこが違うのか
※本レポートは2013年に当社HPに掲載された同タイトルのレポートに加筆・修正したものである。
1.はじめに
不動産にはオフィス、住宅、商業施設等様々なものがある。それら各種の不動産の中でも、倉庫はその実態や特徴が比較的知られていないものの一つである。これは、倉庫が物流事業者等の限られた業種・職種の人間にのみ関わりがある不動産であることが原因であろう。
本レポートでは、この倉庫という不動産について、特に他の不動産と異なる特性について整理したものである。本レポートの意義としては、主に以下の2点を想定している。
第一に、近年は不動産の賃料を原資に収益を確保する不動産ファンドへの組み込み対象として、倉庫がその利回りの高さや堅実性から注目されるようになっている。これにより、従来に比べて倉庫の不動産としての評価基準等についての関心が高まりつつあるものの、倉庫はオフィスや住宅のように「人」ではなく、あくまで「物」のための施設であるという点で、他の不動産と大きく異なる。それゆえに、今まで倉庫に関わることがなかった不動産・金融関係者等からは、その特殊性に戸惑っているという声も多く聞く。
第二に、東日本大震災や先の平成28年熊本地震などの大規模災害で必ず発生してきた「必要な物資が被災者に届かない」という事態の原因の一つは、倉庫という不動産の特性が周知されていないことにある。平時ならば、倉庫に求められる特性を知る者は物流関係者等に限られていても問題はない。だが、災害時に物資を被災者に届ける業務には、物流関係者のみならず、国・自治体等の行政職員、ボランティア等の多種多様な人達が関わり、それらの人達の多くが倉庫に求められる特性を理解していないことで、災害時における被災者への物資供給が大きく阻害されがちであった。その詳細は後に述べるが、過去災害では、国等から被災自治体に送り込まれた支援物資を保管する物資拠点として、県庁・市役所等のオフィス施設あるいは体育館等が倉庫の代わりに使われることが多く、これが「必要な物資が被災者に届かない」事態の主な要因となっていたのである。
このような現状に鑑み、本レポートでは倉庫という不動産に普段は関わることの少ない人達にも、倉庫と他の不動産の違いについて理解してもらうことを目的として、建物・立地・賃料という観点から分析・整理する。
2.建物に関する違い
―倉庫は建物としての見た目は地味ながら、意外にハイスペックな「偉大なる空箱」-
「倉庫」という建物は、オフィス、住宅、マンション、商業施設などと比べるとどうしても見た目は地味になりがちであり、このことも日頃は物流と関わることがない人達から倉庫が見過ごされがちなことの原因かもしれない。ところが、倉庫は確かに見た目は地味であるが、建築物としてのスペックは他の不動産に比べて意外に高いのである。
オフィス・住宅などは主に「人間」のための施設である。ところが、倉庫が取扱うのは「貨物」であり、この「貨物」の種類は様々である。そして「貨物」は「人間」より重く、容積が大きいことが少なくない。そのため、倉庫の建物としてのスペック(床荷重、天井高等)は、オフィス、住宅のような人間用の建物より高くなることが多い。
(1)床荷重の大きさ
人間や家具の体重に対応できれば良いオフィス・住宅等の床荷重(どれくらいの重さの荷物を床に置けるかを示す値)は300㎏/㎡程度が標準となっている。それに対して、倉庫の床荷重は近年の標準で1.5トン/㎡と、オフィス・住宅などに比べて、実に5倍以上に達している。また、倉庫によっては、3トン/㎡、7トン/㎡など、より頑丈なものも少なくない。
このように倉庫の床荷重が大きいのは、もちろん倉庫に保管される貨物が、人間より重い場合が少なくないためである。たとえば水ならば、高さ1mに積み上げるだけで、1㎡×1メートル=1立方メートルすなわち1トンに達してしまい、床荷重300㎏/㎡のオフィスでは重量オーバーとなってしまう。
また、倉庫は単に貨物の重さだけでなく、その貨物を扱う荷役機器、特にフォークリフトの重さにも耐えられなければならない。このフォークリフトの重さが1㎡当り1トン強程度はあることも、倉庫の床荷重において1.5トン/㎡が主流になっている理由である。
上記に関連して、倉庫はエレベータもかなり頑丈につくられている。オフィス・マンション等の乗用エレベータは1トン程度でも重量オーバーになってしまうものがほとんどであるが、倉庫に設置された荷物用エレベータは、3トン以上の重さにも耐えて昇降できるものも珍しくない。これは、より多くの貨物を積めるようにするだけでなく、フォークリフトが乗り込めるようにするためである。
なお、災害時に倉庫の代わりに自治体庁舎や体育館を物資拠点として使うことで問題となる点の一つが、この床荷重である。自治体庁舎や体育館の床荷重は小さく、倉庫代わりに大量の物資を置いたことで実際に床が抜けたケースがある。また、フォークリフトが使えないことも問題である。トラックにおける物資の積降しや、物資拠点内での物資移動等を人手のみでしか行えない場合、作業効率が大きく落ちる(阪神淡路大震災を経験した物流事業者によると、「フォークリフト1台の作業量は人間20人分の作業量に相当する」としている)。その結果、せっかく国等から膨大な物資が被災地自治体の物資拠点に届いているのに、その物資拠点が倉庫ではないために物資を効率よく捌くことができず、そこで物資が滞留してしまい被災者に行き渡らないという事態を招いてしまうのである。
(2)天井の高さ
倉庫が貨物を置く施設であるゆえの特徴として、天井の高さも目立つ。オフィス、住宅などの天井の高さは3~4m程度が標準であるが、倉庫の天井の高さは5~7mと普通の建物の2倍程度が標準である。これは、貨物を高く積めるようにして、保管効率を高めることを目的としている。ただし、高ければ高いほど良いというわけではなく、通常のフォークリフトの荷揚げ能力が4m程度であることを考慮し、5.5m~7.0m程度が一般的となっている。
この天井の高さゆえに、倉庫の1階分の高さは普通の建物の2階分に相当することになる。そのため、初めて倉庫を視察する人が、案内の人に「それでは4階まで階段でご案内します」と言われたときに、「4階は少し大変だが、まあ良いか」という軽い気持ちで登りはじめたところ、いつまでたっても登りきれず「心が折れそう」になったという話をよく聞く。言うまでもなく、倉庫で4階まで登るということは、実質的に普通の建物の8階まで登るということであり、それなりの覚悟が必要となる。
(3)貨物の入出庫効率を高める工夫
当然のことであるが、倉庫では貨物の保管だけでなく、貨物の出し入れ、いわゆる「入出庫」も行なわれる。そして、この貨物の入出庫をスムーズに行うために様々な工夫がされているのも、倉庫の大きな特徴である。
①「接車バース」という設備
倉庫で貨物が入出庫される際には、トラックからの荷物の積卸しが発生する。倉庫においてトラックからの荷物の積卸しを行う設備・場所は、一般に「接車バース」と呼ばれる。この接車バースの構造によって、トラックからの荷物の積卸し業務の効率は大きく変わってくる。
接車バースにおける荷物の積卸し業務の効率を高めるための工夫の一つが、高床式バースである。これは倉庫の床の高さを地面より1メートル程度高くして、トラックの荷台の高さに合わせた設備である。これにより、作業員は荷物をトラックの荷台から上げ下げする労力を大幅に軽減することができる(図1)。
図1 高床式バース
それに対して、倉庫の床を地面と同じ高さにしている接車バースは、高床式バースと対比させて「低床式バース」と呼ばれる。図1のようにトラック荷台後方からのみ貨物を出し入れする場合は、高床式バースが適しているが、積荷が飲料等の重量貨物の場合は、図2のように、低床式バースでウィング車からフォークリフトによるパレットでの積卸しを行う方が、効率が良いことが多い。
図2 低床式バースにおける荷役のイメージ
このように、高床式と低床式それぞれにメリット・デメリットがあり、倉庫を選定する際には、そこで行うとする業務や取扱い貨物に、高床式バースと低床式バースのどちらが適しているかを十分に検討する必要がある。
なお、近年になって新たに竣工した大規模倉庫の多くは、接車バースとして高床式を採用する傾向にある。これは輸入貨物の増加によって、倉庫における海上コンテナの取扱いニーズが高まっていることが大きく影響している。海上コンテナは、後部開閉口のみから貨物を出し入れする構造のため、高床式接車バースの方が適しているのである。
また、この海上コンテナの取扱いに関連して、近年の倉庫では高床式接車バースに「ドックレベラー」と呼ばれる床高の調整設備(接車バースの床の一部が上下する設備)を設置していることが多い。通常のトラックは床高1メートル程度の方が荷台と高さが合いやすいため、高床式接車バースの床高も1メートル程度となっているが、海上コンテナの荷台は高さが1.4メートル程度あるため、このドックレベラーで床高を上げて調整している。
②開口スペースの広さ
倉庫は開口スペースが大きく、その設置数も多いが、これも貨物の入出庫効率向上を目的としている。開口スペースが大きく、その数が多ければ、それだけ多くのトラックが一度に接車して入出庫作業を行うことができる(図3)。駅の改札口、コンビニのレジ、高速道路ICなどにおいて改札機等の処理窓口が多いほど、人や車の渋滞が起こりづらく、流れがスムーズになりやすいのと同じ理屈である。
図3 倉庫の開口スペースの広さと入出庫効率
図4は実際の倉庫の開口スペースの広さ(接車バース数の多さ)を示した写真である。近年になって竣工した大規模倉庫は、このように何十台ものトラックが一度に接車できる施設が珍しくない。
図4 開口スペースが広い(接車バースが多い)倉庫の例
また、この建物に確保された開口スペースの広さの違いも、災害時における物資供給のスピードに大きな影響を与える。先に述べたように、県庁・市役所や体育館を物資拠点とした場合、そこに到着したトラックから物資を降ろすだけで大変な時間がかかってしまう。つまり、県庁・市役所や体育館は倉庫と違って開口スペースが狭いため、ほとんどの場合は一度にトラック1~2台分の荷降し作業しか行えない。しかし、災害時には膨大なトラックが被災地の物資拠点に押し寄せ、その数が100100台を超えることも珍しくなかった。ところが、トラック1台から物資を降ろすのに人手だけで作業するのでは30分はかかる(先に述べたように、倉庫以外の建物では床荷重が低いためにフォークリフトも使えない)。仮に到着したトラックが5050台としても、1台ずつしか物資を降ろせなければ、3030分×5050台=2525時間と1日がかりの作業になってしまう。こうなると、次々と到着する物資を受入れるだけで手一杯で、それらの物資を被災者へ届けるために送り出すことができなくなる。
(4)建築物のスペックについて知ることの重要性
このように、一見するとただの大きな空箱のように見える倉庫という建物が、貨物をより効率的に取扱うことを目的として、他の建物にない様々な特徴を持っていることがお分かりいただけたと思う。特に床荷重と天井高に関するスペックの高さは、建物に関する基本的なスペックの高さ、すなわち頑丈さや内部空間の広さにつながる。
そのため、後に改めて述べるが、近年は古くなった倉庫を他の建物にリフォームする動きが活発になりつつある。これは倉庫が他の建物より基本スペックが高く、それだけ他の建物に転用しやすいことによる。倉庫の建築物としてのスペックの高さを踏まえ、それを生かす取り組みとも言えよう。
また、床荷重・天井高といったスペックという観点から建築物を見るようにしていると、意外な場合に役立つこともある。先にオフィス型施設や体育館は床荷重や天井高等のスペック等が低いために、災害時の物資拠点として十分に機能しなかったと述べたが、逆に言えば、倉庫以外の施設であっても、建築物として倉庫に匹敵する程度のスペックを備えていれば、災害時の物資拠点に適しているということである。
倉庫以外の建築物で倉庫並みにスペックが高い施設とは何か。具体例をあげると、首都圏では東京ビッグサイト、幕張メッセなどといった「産業展示場」は、建築物としてのスペックが倉庫と同等以上ということが珍しくない。たとえば東京ビッグサイトは会場によっても異なるが、床荷重が5トン/㎡、天井高が17~3117~31mと平均的な倉庫のスペックを遥かに凌駕する。これは産業展示場という施設がフォークリフト・トラックはもとより、場合によっては住宅等まで幅広い展示物を想定していることによる。
実際、東日本大震災が発生時、岩手県では同じく産業展示場であるアピオという施設を物資拠点に転用して成功した。その時のアピオの状況を示したのが図5である。大量の物資が高く積まれ、トラック・フォークリフトが建物内に入って稼働しており、床荷重が大きく天井高が高い施設であることが良く分かる。この事例のように「産業展示場を災害時物資拠点に転用する」という発想は、建築物における床荷重・天井高などのスペックとそれが可能にする用途の関係を熟知していたことから生まれたものと言えよう。
図5 東日本大震災において物資拠点となったアピオ
出典)「東日本大震災における緊急支援物資輸送活動の記録」
平成25年9月 公益社団法人全日本トラック協会
3.立地に関する違い
―「IC・港湾・空港等から車で何分かかるか」が重要-
オフィス、住宅などの評価では、駅から徒歩で何分かかるか(アクセスの利便性)が重要となる。それに対して倉庫はまず高速道路IC・港湾・空港など、駅以外のインフラへのアクセスを考慮しなければならない。
最も重視されるのが高速道路ICへのアクセスである。かつての倉庫は、主に貨物を保管するための施設であったが、近年の倉庫は、保管に加えて、何より貨物を迅速に配送するための施設となってきている。そして、貨物を迅速に配送するためには高速道路ICに近いことが重要になる。
大量輸送手段が鉄道と船舶のみだった時代、倉庫の立地場所としては、まず鉄道駅と港湾周辺が選択される傾向にあった。その後、道路網の発達等により輸送手段の中心がトラックにシフトしたことで立地選択の自由度が増し、倉庫が道路沿いの様々な場所に建設されるようになった。そして、同じ道路でも、一般道より高速道路の方が輸送時間短縮効果が見込まれるため、高速道路ICへのアクセスが重視されるようになったのである。
ただし、現在でも港湾・鉄道駅のような物流結節点へのアクセスは重視されている。港湾については、輸出入貨物が増加したことに加えて、環境問題への対応の観点から内航輸送ニーズが高まっていることが影響している。また、同じ観点から鉄道輸送のニーズが高まり、鉄道コンテナ駅へのアクセスの良さが評価されるようになっている。
また、近年は空港へのアクセスの利便性も重視されるようになった。空港へのアクセスが良ければ、港湾と同じく輸出入貨物の取扱いで有利になる。さらに、航空輸送は運賃が高くてもリードタイム短縮、セキュリティ確保等に優れることから、特に高額・高付加価値商品の利用ニーズが高くなるため、空港へのアクセスが良い倉庫は高額商品を取り扱うテナントを確保しやすい。
なお、近年の倉庫では住宅地へのアクセスも重視されるようになってきた。最近の倉庫では従来の保管・入出庫業務に加えて、値札付けや検品等の流通加工作業が行われることが多くなってきたため、パート女性などの大量の労働力が必要としている。住宅地の近くに立地する倉庫は、通勤の利便性が高く、労働力の確保が容易になる。
しかし一方で、住宅地近隣という立地は、住民問題が発生しやすいというデメリットがある。倉庫はどうしても出入りするトラックの騒音や排気ガスが周辺住民からのクレームを受けやすいため、周辺に住宅街がない場所、特に工業団地などの人気が高い。
このように住宅街への近さと、住民問題の起こりにくさは二律背反関係になりやすい。しかし、たとえば住宅密集地に囲まれている工業団地のように、住宅と倉庫の立地エリアの区分が明確であり、さらに行政が工業団地入居事業者の操業確保について配慮している場合などは、両条件をともに満足させやすいため、倉庫の立地場所として人気が高い。首都圏では越谷流通業務団地などが、そのようなエリアの具体例としてあげられる。
また、倉庫と住宅地の間に大きな幹線道路が通っていることで、住民クレームが発生しにくくなっているケースもある。その幹線道路を通行する車両を原因とした騒音や排気ガスが深刻であれば、逆に倉庫から発生する騒音や排気ガスは相対的に目立たなくなる。
もちろん、倉庫を保有する事業者等が周辺住民との関係改善のための努力を地道に積み重ねたことで、住民問題の発生を防いでいる場合もある。そのような倉庫のなかには、周辺住宅地の自治会組織と頻繁に折衝を重ね、倉庫敷地内をお祭り等の住民イベントに提供する等の協力を行うことで、365日24時間稼働を可能としているところもある。
なお、住宅地が近隣になくても、鉄道駅・バス停等が近くにあって公共交通が利用しやすいのであれば、通勤の利便性が高まり、労働力は確保しやすくなる場合もある。そのため、通勤が不便なエリアに多くの倉庫が集積している場合、エリア内の複数の倉庫がコストを分担してバス会社に依頼し、通勤用の路線バスを運行してもらっているケースもある。
4.賃料・収益構造の違い
―ブランド効果は期待できないが、不況でも底堅い-
住宅・オフィス・商業施設など倉庫以外の建物のほとんどは、賃料が物理的な立地条件の良さだけでなく、たとえば都内なら田園調布・日本橋・銀座など、いわゆるブランド・エリアであることにも大きく影響される。だが、倉庫の主役は人ではなく物のため、そもそもブランドの威光・ありがたさが発生しにくい。いわば「質実剛健型」の建物とも言えるが、その分、不況期においても賃料が底堅くなりやすい。
まず基本的な傾向として、倉庫の賃料水準は、オフィス・住宅等に比して上下の幅が狭くなりがちである。この理由として、倉庫の賃料は取扱い貨物の価格に制約されることが挙げられる。具体的には、倉庫の賃料の上限金額は、そこで扱う貨物の商品価格に制約される。仮に、ある商品のコストを製造コスト、輸送コスト、賃料コストの3種類とした場合、まず商品価格から製造コストと輸送コストを除いた残りが賃料コストと利益となり、倉庫の賃料はこの範囲内に収まらなければならない(図6)。
オフィス・住宅に関して負担できる賃料水準も、その利用者の年収には制限される。しかし、倉庫内で保管される貨物の大部分を占める一般消費財、生産財等については、価格が突出して高いものは少なく、人間の年収よりも幅は狭いと予想される。これが倉庫賃料の幅をオフィス・住宅等よりも狭いものにしている。
図6 商品価格と賃料コスト
それに加えて、倉庫は先に述べたように、住居であれば田園調布・白金台、オフィスであれば日本橋・千代田区、商業施設なら銀座・六本木などといった、立地エリアのブランド・イメージの良さが賃料に与える影響がほとんど無い。むしろ、他の不動産においてプラスに作用するブランド・イメージの良さが、倉庫の場合はかえってマイナスになることもある。なぜならブランド・イメージの良い場所は、そこに住む世帯の所得水準が高いことが多く、パート労働力の女性を集めようと思っても、所得水準が高い世帯の奥様方主婦がそれほど積極的に応募してくれないことが予想されるからである。
このように、倉庫は他の不動産に比べて賃料水準の幅が狭くなりがちであり、かつブランド・イメージの効果が期待できないという特徴がある。ただ、別の見方をすれば、倉庫の賃料はもともとテナントのコスト負担力を適正に反映したものであり、ブランド・イメージによる割増が行われていないということでもある。それゆえに、倉庫の賃料は、住宅やオフィスなどの賃料に比べて、好況期だからといってそれほど高くならず、不況期になっても即座に大きく下落せず、底堅く推移することが多い。
逆に、不況期の方がかえって倉庫の賃料が上がることもある。これは、景気が下降してくるとそれだけ在庫が増え、この増えた在庫を保管するためのスペースとして、倉庫に対する需要・ニーズが高まることによる。
また、一般に倉庫の賃料は同じ地域の住宅・オフィスと比べて安いことが多いが、同時に建設コストも安い。これが、不動産ファンドの組み込み物件として倉庫の利回りの高さが注目されている理由である。
一般に、同じエリア内にある倉庫賃料を50とすると、マンション賃料は100以上と2倍程度にはなると思われる。しかし、坪当たり建設コストについてみると、マンションを60~100とするなら、倉庫は15~30程度とされている。そのため、倉庫の場合、賃料水準そのものは低くても、マンション等の他の不動産と同等もしくはそれ以上の収益性を確保できる可能性がある(図7)。
図7 倉庫とマンションの収益構造の比較イメージ
5.倉庫を新たな用途に転用する動き
前項で、倉庫はブランド・イメージが高いエリアに立地していても賃料には影響しないと述べたが、だからといってブランド・イメージの高いエリア、たとえば高級住宅街等に倉庫が全く立地していないわけではない。一般にも良く知られているような高級住宅街に規模の大きい倉庫が立地している場合もある。
これは、高級住宅街の中にあえて倉庫を建設したわけではなく、まだ高級住宅街ではない時期(というよりは住宅そのものが少ない時期)に、住民問題が発生しにくいと見込んで先に倉庫が建設され、その後、そのエリアが高級住宅街になってしまったケースである。高級住宅街ではなくとも、周辺が都市化されていない場所に住民問題回避のために倉庫を建設したにも関わらず、その後その倉庫の周辺に住宅や商業地が整備されてしまい、倉庫の運用が困難になるケースは少なくない。このような場合、その倉庫のあるエリアが「物流適地ではなくなった」と評価されるが、そのようなエリアにある倉庫は、最終的には撤退することが多い。
ただし、逆に言えば、その倉庫のあるエリアが住宅地あるいは商業施設の立地場所としての魅力が高まったということであるため、比較的好条件でその倉庫がある土地を購入したいという買い手が数多く現れ、それが倉庫の撤退を後押しすることもある。また、そのような住宅・商業集積地は駐車場の立地場所としても条件が良いため、倉庫を保有している企業自身が、自ら倉庫を取り壊し、時間貸し駐車場を始めるケースも増えてきた。
倉庫の場合は、貨物の保管・出し入れ等のオペレーションのために労働力を集め、そのマネジメントを行いながら日々の業務を行っていかなければならない等、かなりの運営コストが発生し、そのコストに見合うだけの収入を確保して利益を上げていくための負担は小さくない。だが駐車場の場合は、駐車する車が確保できているのであれば、日々の運営コストはそれほど発生しないため、利益率は高い。そのため、近年は保有する倉庫を積極的に駐車場に転用する倉庫事業者もみられるようになった。
さらに、近年になって活発化しており、注目されるのが、先に述べたように古くなった倉庫を他の建物にリフォームする動きでる。これは、倉庫は床荷重・天井高など建物としての基本スペックが高く、それだけ他の建物に転用しやすいことが理由である。
たとえばオフィスに転用されたケースの場合、通常のオフィスに比べて非常に高い天井が評価されている。また、ダンス・コンサート用のホールに転用された倉庫もあり、これは床荷重が高く、大勢の人が踊る、重い音響機器が設置されるという状況にも対応できるからである。
最近では、サーバー機器を大量に設置するデータセンターとして転用する例もみられる。倉庫は床荷重が大きいため大量のサーバー機器の重量に耐えられるうえ、天井が高いことから低い場所に改めて天井を貼り直すことで空間を確保することができ、そこに空調ダクトなどを通しやすいことが評価されているためである。
その他にも倉庫の転用例は多く、近年は倉庫を改装して他用途の施設に転用する事業を専門に行う株式会社リソーコのような企業も登場している。同社では、そのような事業を「倉庫リノベーション事業」と名付けて推進しており、実際の取組事例は、「ウェアハウススタイル-倉庫っぽい空間へ-」(株式会社枻出版社、2015年)で知ることができる。
6.近年の倉庫の特徴
(1)ますます重要となる「働く人への配慮」
近年の倉庫の大きな特徴として、「働く人への配慮」が重視されるようになってきたことが挙げられる。従来、倉庫をはじめとする物流の現場はいわゆる「きつい、汚い、危険」という「3K職場」の代表的なものとされてきた。だが、先に述べたように近年の倉庫はパート女性などの大量の労働力を必要にするようになってきたことから、そのような職場環境の改善が重要なテーマとなってきているのである。また、倉庫における「従業員への配慮」とは、そのかなりの部分が「女性への配慮」となる。倉庫は従来女性が少ない職場であったが、ピッキング・流通加工作業等のために大量の女性パート労働力を確保しなければならない現在の倉庫では、女性の働きやすい職場、女性が定着してくれる職場にすることが求められている。
①外観
従来の倉庫は、そこで行う保管・入出庫等の業務を行うための機能さえ満たしていれば十分であり、その外観などはなおざりにされがちだった。しかし、労働力、それも特に女性労働力を確保するためには建物としての外観、「見た目」も疎かにできない。そのため、近年の倉庫は配色やデザインにもこだわり、さらに汚れがつきにくい壁材を使用するものが増えてきている。
②従業員アメニティの充実
従業員アメニティも従来の倉庫では軽視されがちだったが、近年の倉庫ではそのための施設・設備も充実してきており、たとえばトイレについて、ウォッシュレットは当然となってきている。なお、このトイレは女性労働力の確保に大きく影響するとされており、たとえば女性用トイレのみ手洗い場は天板付として化粧品等を置けるようにして鏡を大きくしている倉庫もある。
休憩室も、食堂も兼ねて広くとっている倉庫が増えている。たとえば、千葉県浦安市のある倉庫では、休憩室を最上階に設置し、さらにディズニーランド方面に向けて大きな窓を確保し、夕方の花火を従業員が鑑賞できるようにしている。休憩室もそこまで重視されるようになってきているのである。
なお、倉庫のあるエリアは周囲にコンビニ・レストラン等が少ない場合が多いことから、できれば食堂も倉庫内に設置されていることが望ましいが、倉庫は火気の取扱いに注意が必要な施設であるため、食堂の設置までできている倉庫はまだ少ないようである。
さらに、近年は物流業における人手不足は深刻さを増しており、今後は従業員アメニティへのいっそうの配慮が求められるようになろう。たとえば、株式会社一五不動産情報サービス社が実施した「物流施設の不動産市況に関するアンケート調査」(2015年8月)によると、雇用情勢の改善による(倉庫)不動産への影響(図8)についての設問では、「労働力が確保しやすい地域での物流施設の開発が進む」、「最寄駅から徒歩圏など通勤利便性の良い物流施設の人気が高まる」に次いで、「雇用者に配慮した高機能型物流施設の人気が高まる」への回答が多くなっている。
図8 雇用情勢の改善による不動産への影響
出典)「物流施設の不動産市況に関するアンケート調査」
(株式会社一五不動産情報サービス社,2015 年 8 月)
注)複数回答。また選択肢は見やすくするため実際のアンケート項目より省略している。
また、「倉庫のように薄暗い」という言い回しが何気なく使われていることから分かるように、倉庫は「窓が少なく昼間でも薄暗い建物」というイメージが一般的であった。これは、従来の倉庫は多数の人が滞在する建物ではなかったことに加え、窓が多いと梱包段ボールが焼けることなどが原因である。しかし、最近は倉庫の職場イメージ改善のため、あえて窓を大きく、かつ数多く確保して、外観は通常のオフィスと変わらないようにしている倉庫も登場してきている。
③作業効率に関わる職場条件の改善
従業員アメニティ・職場イメージの改善に加え、倉庫で行う作業の効率に直接関わる職場条件の改善にも配慮した倉庫が増えてきている。具体的には照度・空調の確保等であり、その目的は作業ミスの防止や作業効率の向上にある。
照度すなわち建物内の照明の明るさについて、近年の倉庫は、流通加工などの細かい作業を行うようになり、また伝票等に記載される情報も多くなったため、照度をより高くすることが求められるようになってきている。具体的には、一般的なオフィスの照度が500ルクス程度であるのに対して、従来の倉庫は150ルクス程度の場合が多かったが、近年は300ルクス程度とオフィスに近いレベルの照度が一般的になりつつあり、オフィスと同程度の500ルクスの倉庫も少なくない(筆者は最高で700ルクスという倉庫を見たことがある)。この点でも「倉庫のように薄暗い」という表現は過去のものになりつつあると言えよう。
また、空調については、導入している倉庫は必ずしも多くないものの、確実に増加していると思われる。窓が少ないことが多い倉庫では、夏場には通常のオフィスより温度が上がることが珍しくなく、筆者の知る例では気温40度を超えてしまい、ピッキング作業を行う女性が1日に1人は倒れるというような倉庫もあった。そのような職場環境では作業ミスが増えてしまうのは必然であり、先に述べた労働力確保という点でも望ましくない。したがって、今後は空調を備えた倉庫がより多くなっていくと予想される。
なお、先に倉庫の天井高は保管効率の観点から高い方が望ましいと述べたが、照度の向上および空調の導入の観点からすると、逆に天井高は低い方が望ましい。まず天井高が低ければ、それだけ照明器具の位置も低くなるため、より低い出力の照明器具で照度を向上できる。空調についても、天井高が低い方が、より出力の低い機材で室温を下げられる。つまり、より低いコストで照度の向上および空調の導入が実現できるのである。
そのため、近年の倉庫では全ての階の天井高を高くするのではなく一部の階は低くする、たとえば5階建の倉庫のうち1~4階は標準的な倉庫と同じく天井高6mとして、5階のみ天井高3mとしているケースもある。
④電気容量の向上
③の照度の向上および空調の導入においては、当然ながらより多くの電力を必要とする。また近年は、普通倉庫にテナント自身の負担で温度管理設備を導入して冷蔵・冷凍倉庫にしたいという要望も増えており、その場合も多くの電力が必要となる。
ここで問題となるのは、照度の向上、空調の導入、冷蔵・冷凍設備の導入を全てのテナントが希望するとは限らないということである。そのため、先に汎用型の倉庫を建設し、その上でテナントを募集する場合には、最初から照度の向上等を行っておくのではなく、入居を希望したテナントがそれを希望した時点で後から照度向上等の対応をする方が現実的である。その際に重要となるのが、倉庫として供給できる電気の量、つまり電気容量である。この電気容量は倉庫を建築した時点でその受電設備の仕様等で決まってしまっている。そのため、入居を希望したテナントの照度向上等の要望に対応するためには、電気容量が不足していた場合、この受電設備の増設等の工事を行わなければならない。
しかし、そのための行政の許可を取るのに数か月の期間が必要になる場合もあり、その間にテナントが他の施設に流れる可能性は当然ある。したがって、近年の倉庫は最初から高い照度等が確保されていなくても、それらをテナントが希望した場合に後から対応できるよう追加の電気容量を確保しておくのが一般的になっている。
なお、倉庫で行われる流通加工業務としては、従来の検針・詰め合わせ等に加えて、多数のパソコンの立ち上げテストなど、より多くの電力を必要とするものも増えてきている。この点でも、倉庫における電気容量の確保の必要性は高まっていると言えよう。
⑤カスタマイズへの配慮
前項④の電気容量とも関係するが、近年の倉庫は汎用性の高い倉庫をあらかじめ建設し、その後テナントを募集する場合、最初から高いスペックにするのではなく、テナントを募集後、そのテナントの要望があってからカスタマイズできるようにした倉庫が増えている。たとえば高床式の接車バースにおいて、床上と地面の間をフォークリフト等が走行するためのスロープや、人間の昇降用階段は、必要な数やその設置場所についてはテナントの要望が異なる可能性が高い。そのため、これらスロープ・昇降用階段について、従来は建築時点で建物に据え付ける形で用意されているのが一般的であったが、最近はそれらスロープ・昇降用階段は取り外し可能になっていて、テナントの要望に応じて設置する数や位置を決められるようにしている倉庫が多い。
また、荷物用エレベータについても、数が多いほど貨物の搬出入スピードは向上するが、入居したテナントがたとえば海外引越しにおける家具預かり業務を行う場合は、貨物の搬出入頻度そのものが低いため、荷物用エレベータが多くても無駄になってしまう。
そのため、最初から多数の荷物用エレベータを用意するのではなく、テナントから要望があってから増設するのが建築コスト削減の観点からは望ましい。ただし、荷物用エレベータを増設するための空間を新たに建物内に通すためには、床に穴を空ける等の工事が必要となるため、多くのコストがかかる。そのため、建築時に最初から、将来的に必要ならば穴を空けやすい箇所を用意する設計とした倉庫も登場している。
7.終わりに
-倉庫という不動産について広く周知されることの重要性-
冒頭でも述べたように、倉庫はオフィス、住宅、商業施設といった他の不動産に比べて、その特性が周知されておらず、これは倉庫に関与する人の業種・職種等が限定されていることによるものと考えられる。それ自体はやむを得ないことであるが、今後の我が国においては、倉庫という不動産について広く周知されることが、社会全体の利益につながると考えられる。
たとえば、現在の我が国では延床面積が何万坪にもなる大規模倉庫が次々と建設される一方で、築年数の古さ等でテナントの確保が困難となる倉庫も増えてきている。しかし、倉庫は建築物としてのスペックが高く、それゆえに他用途への転用が容易であることが周知されれば、それらテナントの確保が困難となった既存の倉庫を改装して店舗・オフィス等の施設とすることで、より少ない初期コストで新たなビジネスを立ち上げることができるようになる。
また、防災の分野においても、過去災害において度々発生してきた「必要な物資が被災者に届かない」という事態は、救援物資の拠点としては倉庫もしくは倉庫のようにスペックが高い施設(産業展示場等)を使うことが望ましいことが周知されることで、より回避されやすくなるであろう。
実際、現在の我が国において倉庫という施設の特性を最も理解しているのは、まず業務として物流に関わっている人であるのは当然だが、それ以外に、災害時支援活動に長年携わってきているボランティア団体の人達にも倉庫の特性が良く知られるようになってきたのである。
たとえば、東日本大震災におけるボランティア活動の記録である「奇跡の災害ボランティア『石巻モデル』」(中原一歩朝日新書2011年)には次のような一節がある。
「どれだけ機能的な物資倉庫を持つかで、どの程度の支援を実現できるかが決定づけられると言ってよい。」
「倉庫がないばっかりに食料や防寒具などが雨ざらしになったり、不要な援助物資の処理が被災地の重荷になっている事実は知られていない。」
そして、このような認識に基づき、石巻市では10tトラックが出入りできる等のスペックがあることを確認の上、同市にある専修大学野球部の屋内練習場を物資拠点にしたとしている。この中原氏に限らず、災害時に被災地を支援するボランティア活動に携わったことで、倉庫の重要性と求められるスペックについて知るようになった人は多いと思われる。たとえば、災害時の被災地支援の経験が豊富なボランティア団体は発災後にまず、被災地に最も近く、かつ被災していない地域に倉庫を確保することから活動を開始している。
このように、倉庫という建築物の特性や求められるスペック等についてより周知されるようになれば、より低いコストでより高いスペックの施設を手に入れられる人が増加し、我が国の防災力の向上などにつながる可能性がある。まさに、倉庫について周知されることが社会的利益につながることとなる。
また、たとえば自治体が公民館等の自治体施設について、新たに建設するのではなく既存の倉庫を改装することで、より高いスペックの施設をより低いコストで入手・確保できるようになり、財政状況改善の一助となることも考えられる(実際にそのような事例も出てきている)。さらに、そのように既存倉庫を活用した自治体施設であれば、改装の仕方を工夫して災害時に自治体の物資拠点にも転用しやすく、自治体としての災害対応力の向上につながる。このように、倉庫という不動産についてより周知されることで、倉庫を貴重な社会の財産として捉え、それを生かして社会的利益の向上につながるような試みが生まれやすくなることも期待される。
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