【物流AI/DX】戦略的DXで激変する未来の物流~動く倉庫
はじめに
日本企業が取り組んでいるDXはほとんどの場合「カイゼンDX」です。カイゼンDXとは対象が「オペレーション」であるタイプのDXを意味します。具体的には、既存業務の効率化・自動化などの取り組みを行っている場合です。これに対して戦略的DXとは「市場の大きな波」と「技術の大きな波」が生み出すギャップの解消を目指した取り組みのことを指します。
戦略的DXは急激な成長を可能にしますが、カイゼンDXではそうした成長は期待できません。また、戦略的DXはディスラプティブな淘汰への強いレジリエンスを持ちますが、カイゼンDXでは淘汰を免れることはできません。本稿では戦略的DXで実現される未来の物流の姿を具体的なイメージで描き出すことにより、一社でも多くの日本企業がカイゼンDXの罠から抜け出し、戦略的DXの方向に舵を切るためのヒントを示したいと思います。
物流の未来と「100年に一度の大変革の時代」
戦略的DXでは最初に「市場の大きな波」と「技術の大きな波」を分析するところから検討を開始します。そこで本稿でも物流に関連する2つの大きな波の分析から始めることにします。
現在、自動車業界は「100年に一度の大変革の時代」を迎えているといわれています。もっとも、その変革の内容としては、ガソリン車からEV(Electric Vehicle)への移行、人が運転する車から自動運転車への移行といった視点のみが強調される傾向があります。確かに、それらの変化は「技術の大きな波」といえますが、より強く「市場の大きな波」に直結する変化が背後で進行していることを見落とすことはできません。注目すべき市場の波はEV化に関連した製造技術の飛躍的進歩によって引き起こされます。具体的には製造技術のロボット化の進展と「ギガ・プレス」の導入です。
製造現場ではロボット化が進行していますが、ロボット化の程度については企業によって差があります。自動車製造においてロボット化を積極的に推し進めている企業の一つであるテスラでは、例えばモデルYのボディ製造ラインにおいて以前は約1,000台のロボットを使用していました。下記に紹介している動画で見ることのできるものはテスラの上海ギガファクトリーの製造ラインです。大量のロボットが使用されていることがわかります。
Tesla Gigafactory 3 Shanghai | Official Video
そもそもEVは従来の内燃エンジン車と比較して仕組みが簡単であり、大まかにいえばバッテリーとモーターがボディに収まっている構造です。そこで、内燃エンジン車に比べると製造がより簡単になりますので基本的には製造コストも低下します。それに加えて大量のロボットが導入されるとコスト削減効果はよりいっそう大きくなります。実際、日本電産の永守会長も「将来的に電気自動車(EV)の価格は5分の1になる」と予測しています。(出典:https://gendai.ismedia.jp/articles/-/77074)
さらに、現在、自動車製造コストをさらに大幅に引き下げる技術革新が進行しています。それが巨大なダイキャストマシンの導入です。進めているのはテスラで、大手自動車メーカーの技術者が「既存の自動車メーカーでは見たことのない製造ラインだ。これで通常なら70部品必要なところが1部品に減った。車体重量は30%減り、コストも大きく削減できる。」と語るほど衝撃的な製造技術の革新が進行しています。(出典:同上)
テスラが導入しているダイキャストマシンはイタリアのIDRA社製のもので「ギガ・プレス」と呼ばれています。この装置を使うと従来70個の部品を精密に組み合わせて製造していた後部ボディの工程が、ダイキャストマシンによって製造されるたった1個の鋳物で置き換えられることになります。その結果、従来必要とされていた約1,000台のロボットのうち約300台が不要となりました。テスラでは今後、前部ボディについてもキャスティングによって製造する予定とのことで、そうなるとさらに約300台のロボットが削減できます。つまり、工場サイズが一層小型化し、製造コストをさらに削減することが可能となるわけです。
このように自動車業界が迎えている「100年に一度の大変革の時代」とは、単にガソリン車からEVへの移行とか自動運転車への移行といった表面的なことを意味するだけではありません。さらに、製造技術の大変革という「技術の大きな波」と、それによって可能となるEV価格の劇的な低下という「市場の大きな波」をも意味しているのです。
EV価格の劇的な低下は物流をどう変えるか?
一般的に、価格が劇的に低下することで従来とはまったく違った用途が生まれる例は少なくありません。例えば、パソコンの外部記憶装置として以前はHDD(ハードディスクドライブ)が主流でした。しかし、近年では半導体価格が低下し続けていることからSSD(ソリッドステートドライブ)という半導体メモリを使った記憶装置がよく利用されるようになりました。同じように、EV価格の劇的な低下はEVのまったく新しい用途を生み出す可能性があります。
そもそもEVとは電気自動車を意味しますが、従来、自動車(特にトラック)は物流を構成する諸機能の中でも「輸送」に利用されてきました。輸送とは産地と消費地の間にある距離的な隔たりを埋める機能であり、その本質は「場所的離隔の解消」といえます。物流には他に「保管」という重要な機能もあり、これは生産と消費の間に時間的なズレがある場合、その時間的な隔たりを埋めるための機能です。そこで、その本質は「時間的離隔の解消」といえます。そして、保管という機能を従来担ってきたのは倉庫という建築物でした。ここで輸送と保管の本質を比較すると場所と時間という違いはありますが「離隔の解消」という役割は共通していることがわかります。
では、役割が共通しているにもかかわらず、従来、輸送と保管がまったく別の機能だとされてきた理由はどこにあったのでしょうか。それは、次の3点だと考えられます。
(1)仕分けや流通加工などのため、荷下ろしして作業する必要があったこと
(2)トラックドライバーを帰す必要があったこと
(3)トラックの価格が高価なため、1台のトラックをできるだけ使いまわす必要があったこと
(3)の理由は、要するに、いつまでもトラックに荷物を積んでおくと他の輸送業務に振り向けることができない、つまり使いまわしができないため、ひとまず荷下ろししてトラックを移動させる必要があったということです。荷下ろしするための施設として倉庫のような手段が必要だったわけです。しかし、もしトラックがEV化して価格が劇的に下がり、例えば従来の5分の1、10分の1の価格になったとしたらどうでしょう。価格が低下すればするほど、無理して使いまわす必要性は減少するはずです。また(2)の理由についても、EVトラックが完全自動運転化することによって事情が変わってきます。そもそもドライバーが乗車していないのならば(2)の理由は消滅します。必要なだけEVトラックを留め置いてもドライバーに関する問題は生じないはずです。
このように考えてくると、EVトラックの価格が劇的に低下し、さらに完全自動運転化することによって、輸送と保管が別の機能だとする理由は弱まっていきます。つまり、輸送と保管が融合する可能性が出てくると考えられます。では、一体、それは具体的にどんなイメージのものなのでしょうか。
「動く倉庫」コンセプト
「輸送と保管の融合」したイメージを下図のようなイラストに描いてみました。一見、駐車場のように見えますが、単純な駐車場ではなく長期間駐車しておくことも可能なまったく新しいコンセプトの施設です。トラックは完全自動運転トラックなので運転席は存在しません。また、EVトラックなので駐車している間に充電できるように背後に充電器が設置してあります。この施設のコンセプトは「輸送のためだけに自動運転EVトラックを使用するのでなく、安価でいくらでも購入できる自動運転EVトラックをコンテナ代わりに保管用途で利用する。」というものなのです。
そこで、仮に積載する荷物が仕分けや流通加工が不要なものなら、自動運転EVトラックは荷物を積載したまま充電設備付きの専用駐車場で保管期限まで待機することになります。そして、保管期限が来て輸送の必要が生じた場合、自動運転EVトラックは目的地に向かって勝手に移動していくわけです。要するに、従来、トラックと倉庫という別々の手段によって担われていた輸送と保管の機能が、自動運転EVトラックという同一の手段によって担われるようになるという発想です。これを自動運転EVトラックの視点で見ると「動く倉庫」と表現できますし、施設の視点で表現すると「Warehouse(倉庫)」ではなく「WareParking」といった造語が相応しいものになります。
まとめ
EV価格の劇的な低下によって物流がどう変わっていくかという設問に対しては「動く倉庫」コンセプトに限らず様々な解があり得ます。ぜひ、自由に発想してみてください。本稿でお伝えしたかった要諦は「動く倉庫」のコンセプトそれ自体ではなく、戦略的DXで実現される未来の物流の姿を具体的なイメージで描き出すことにより、一社でも多くの日本企業がカイゼンDXの罠から抜け出し戦略的DXの方向に舵を切っていただきたいという一点でした。
なお、日通総研ではAI化する物流の現在と未来を展望するセミナーから戦略的DXのフレームワークをご理解いただくワークショップまで、様々なコンテンツをご提供しています。無料セミナーもございますので、詳細につきましては下記の窓口よりお問い合わせください。
(この記事は2021年3月29日時点の状況をもとに書かれました。)
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