不動産情報サービスを使った倉庫市況の分析
不動産情報サービスを用いた倉庫市況
物流拠点の新設や移転を検討する際、押さえておきたい情報として、「立地候補となる地域の賃借倉庫の賃料がどのくらいになるのか」という情報があると思います。弊社でも倉庫新設、移転が関わるプロジェクトにおいて、候補地域の賃料相場等、倉庫物件の市況について調査することがあります。今回はWEB上にある物件検索サイトなどの不動産情報サービスを用いた、倉庫市況情報の入手と活用の仕方についてご紹介したいと思います。なお、倉庫賃料には募集賃料(募集時の賃料)と契約賃料(実際に借主と契約している賃料)があり、両者の間には大きな開きがあることも多いのですが、ここでは市況=募集賃料に限ってご紹介します。
引っ越しの時、私たちがWEB上の住宅情報サイトで欲しい物件を探すのと同じように、倉庫にも物件検索サイトがあります(図表1)。倉庫物件検索サイトには、全国の物件情報を掲載しているものや関東圏、関西圏などエリアに特化したモノ、大手デベロッパーが運営するものなどがありますが、特定の検索条件に合った物件情報の検索と閲覧ができるという点では大きな違いはありません。サイトでは物件によって賃料を公開している場合と、物件情報のみ掲載し、賃料は公開していない場合があります。また、住宅情報サイトと同様、外観イメージ、図面の他、物件面積、施設仕様など、倉庫物件についてのさまざまな情報もあわせて参照することができます(図表2)。
図表1:物件検索サイト(例)
図表2:物件検索サイトから分かる情報(例)
市況情報から見えること
WEB上にある物件情報を一定数集めて分析してみることで、ある程度、地域別の傾向が見えてくることがあります。例えば倉庫の立地を検討する場合、まずは自社の輸配送にとって都合のいい立地にしたい(例:都心部へ配送するので都心に近い立地が良い)と思うわけですが、反面、そうした場所に賃借可能な物件が存在するのかという疑問も同時にあります。以下(図表3)は、愛知県内で検索サイトに物件の掲載がある自治体を色付けしたものです。例えば名古屋市への出荷配送を検討する場合、名古屋市内の他、名古屋市の北部、西南部で出荷のための物件が見つかる可能性が高く、逆に東部や南部では物件探し自体が難しいことが推察できます。また、東部でも三河地方まで範囲を広げると、おそらく工場が多く立地するためなのでしょうか、倉庫物件が見つかることが分かります。
図表3:愛知県 物件のある自治体
物件の有無を把握できれば、次はその地域に希望する広さ(倉庫面積)の物件があるのかということが気になられるかと思います。以下(図表4)は、南関東各県にある物件を面積規模で分類したものになります。これをみても賃貸物件の半分以上は1000坪未満の比較的小規模な物件であり、5000坪を超えるような大規模物件はいずれの県でも少ないが、千葉県には他と比べまだ可能性があることが分かります。
物件面積はより細分化してみることもできます。以下(図表5)は埼玉県内の各物件の賃貸面積を市町村別に集計したものです。物件面積のレンジ(上下の幅)が大きい所では比較的大規模な貸倉庫を探すことができると期待でき、逆にレンジが狭い所は小規模の物件しか探せない(=大規模倉庫の立地が難しい)場所といえます。
図表4:県別物件数(広さ分類別)
図表5:埼玉県 市区町村別賃貸面積
賃料相場も見える
物件情報を集めることで、賃料の傾向についても見えてくることがあります。以下(図表6)は、物件検索サイトにおける賃料(坪単価として換算しています)が高いものを上位順に並べたものです。当然といえば当然なのですが、東京都心部の物件が高額な賃料となっていることが分かります。ただ埼玉や神奈川といった首都圏郊外、また大阪といった他の都市部にも高額物件がちらほらと存在していることもここから分かります。また、首都圏における賃料相場の上限は凡そ坪7000円前後とみられ、これより高いものは例外的(またはごく少数)であるとことも推察されます。
物件と賃料情報を県別に集計すれば、県別の賃料相場も見えてきます。以下(図表7)は県別に物件賃料(坪単価)を集計したものになり、県別の賃料水準の違いがはっきりと見られます。近年開発が進む茨木県の倉庫ですが、賃料相場は関西の滋賀県や九州福岡県と大体同じ水準にあること、東海地区に属する静岡県と岐阜県では、静岡県の方がより低い賃料で倉庫を探しやすいといったことも推察されます。
より細かな賃料の傾向も見てみましょう。以下(図表8)は埼玉県内の各物件の賃料を市町村別に集計したものです。各物件の平均賃料から埼玉県内でも賃料相場の高い所、低い所があることが推察されます。都心に近い、おそらく外環道沿いの自治体は賃料水準が高めの傾向にあるようです。賃料レンジが高めに位置している市町村は、近年開発が進んだ高規格・高機能な(そのために賃料も高い)倉庫が多く立地している所といえるかもしれません。上下ともにレンジが幅広い市町村は、高規格・高機能な倉庫と従来型の倉庫が混在している所と推測することもできるかもしれません。
図表6:関東、中京、関西、九州圏の物件 賃料ランキング
図表7:都道府県別賃料水準
図表8:埼玉県 市区町村別賃料水準
倉庫市況を知る手助けに
最後に、上で紹介した物件検索サイト以外にもWEBから市況情報を入手する手段があることを申し添えておきます。大手デベロッパーや不動産コンサルティング会社の中には大都市圏を中心に定期的(四半期や半期に1度など)に物流不動産の市況レポートを賃料指標情報と共にWEB上で提供しているところがあります。特に過去推移や将来動向を押さえたいときには、こうした情報も収集してみるとよいかと思います。
倉庫賃料を決定する要素としては、立地や面積の他にも、倉庫の構造、着車バース、フロア仕様、空調有無、EV・垂直搬送機の数、輸送モードへのアクセス、周辺人口といった倉庫内外の環境情報があります。また、物件検索サイト上に現れない物流施設(既に賃借中の倉庫、または物流事業者の営業倉庫といった賃借ではないが要件によっては利用可能な倉庫)が実際には同じ多数立地していることも考慮に入れる必要があります。今回図表にて分析した情報は、そうしたことを加味しないざっくりとした傾向に過ぎません。しかしこうした詳細な要素も加味したうえで情報を収集・集計すれば、より求める要件に近い倉庫の市況情報を得ることも可能になるのではないかと思います。
実際に倉庫を賃借する交渉に臨む際には、契約賃料を含むより精度の高い賃料相場情報を取得してから交渉に臨むことが必要になり、そのためには調査会社等を用いることも必要になります。しかし新設・移転の可能性に対し、どのあたりで倉庫検討すべきかわからない、まずは候補となる地域をいくつかピックアップしたいという要求であれば、ここで取り上げたような物流情報サービスをうまく活用し、市況概況をつかむことで、倉庫立地選定の助けとなる知見を得ることができると考えています。
(図表データは、NX総研が2021年末頃収集した関東、東海、関西、九州地区の物件データを元に作成。500坪以下の物件データは除外している。)
(この記事は2022年8月29日の情報をもとに書かれました。)
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