DXによるフォワーディング業務の未来
はじめに
国際物流に欠かせないフォワーディング業務。貿易を伴う輸出入取引をおいて、輸出者・物流会社・各国税関・取引銀行・保険会社・輸出者間で取引を円滑に進めるために様々な情報のやりとり-インボイス・パッキングリストの作成・送付、L/C(信用状)の開設、海外送金、トラック・船・飛行機のブッキング、輸出入通関業務、保険契約締結(付保)、船荷証券(B/L)の発行など-が日常的に行われています。
そのやりとりのほとんどが以前は書類の受け渡しによるものでしたが、デジタル技術の進歩によりペーパーレス化が進みました。そして今後10年間でこのフォワーディング業務は更に大きく変わると言われています。本稿ではその大きな変化をもたらす2つの要因「デジタルフォワーディング」と「船社と各国の税関、金融団体によるブロックチェーンのプラットフォーム」について解説します。
デジタルフォワーディングの一般化
サンフランシスコに拠点を置くベンチャー企業のフォワーディング会社「Flexport」(フレックスポート)が「見積もり依頼」「ブッキング」「貨物追跡」をすべてオンライン上で完結できるサービスの提供を開始して話題になった時に取材をしました。その時に彼らのようなデジタルフォワーダーが今後数年以内に多数台頭して既存のフォワーダーも同様のサービスを展開していくことを予想しましたが、今まさにそのような状況になっています。
Flexportの売上高は、2019年は6 億 7,000 万ドル、2020 年は 13 億ドル、2021 年には 33 億ドルと毎年倍増しており、アジアとアメリカの貿易レーンにおいて 15番目に大きな海上貨物運送業者になりました。
ヨーロッパでは「Forto」(フォルト)、「sennder」(センダー)の2社が売上を伸ばしつつあり、評価額が10億ドル以上のベンチャー企業として注目を集めています。日本でも「Shippio」(シッピオ)が累計で約30億円の資金調達を行ない、2022年の7月末時点での受注高は、前年同月比で約4倍の高い成長率を実現したとのことです。
世界各国で新興のデジタルフォワーダーが台頭している一方、既存の大手物流会社も同様のデジタルフォワーディングのサービスの提供を開始しています。
大手フォワーディング会社であるキューネ・アンド・ナーゲルは「myKN」(マイケーエヌ)、DHLは「my DHLi」(マイディーエイチエルアイ)、郵船ロジスティクスは「郵船バンテージフォーカス」というサービスで「Flexport」や「Shippio」のようなデジタルフォワーディングシステムを荷主に提供しています。
図1:デジタルフォワーディングシステム「myKN」(出典:キューネ・アンド・ナーゲル社HP)
「Research And Markets」社のレポートによると、世界のデジタルフォワーディングのマーケットは年平均23.92%の成長率で推移して2027年には112億ドルまで達すると推計されています。
図2:デジタルフォワーディング市場の推移予想(出典:ResearchAndMarkets.com)
フォワーディング会社にとってデジタルフォワーディングは運賃、最終目的地までのリードタイム、発着地での自社サービスの有無など様々な提供サービスの中の一つなので、デジタルフォワーディングをやっているから荷主が選んでくれるというわけではありません。
中でも発着地での現地サービス(自社通関・自社倉庫)の有無は荷主がフォワーダーを選ぶ際の大きな要因となっています。既存のフォワーダーがデジタルフォワーディングを進めることでマーケットが拡大して、デジタルフォワーディングは一般化していきますが、貿易主要国で現地サービスのインフラを整えるためには莫大な投資が必要なので「Flexport」のようなベンチャーのデジタルフォワーダーが今後新しくこの市場に入っていくことは難しくなっていくのではないかと予想しています。
貿易関連のブロックチェーン団体の台頭
デジタルフォワーディングは貨物の動きの可視化ですが、国際物流では貨物と同時に貨物に関する情報とお金も動いています。輸出者と輸入者の間には輸出入通関で関わる各国税関と通関業者、貿易決済では銀行、貨物に対する保険契約では保険会社がプレーヤーとして加わりますが、これらのプレーヤー間で迅速で安全なデータをやり取りする目的で、ここ3年くらいの間に各業界において多くのブロックチェーン団体が出てきました。
ここでブロックチェーンについて簡単に説明します。ブロックチェーンは「取引履歴を暗号技術によって過去から1本の鎖のようにつなげ、正確な取引履歴を維持しようとする技術」で「分散型台帳技術」(DLT:Distributed Ledger Technology)とも呼ばれています。データの破壊・改ざんが極めて困難で、分散型なので障害によって停止するリスクが低いシステムということで、当初は仮想通貨であるビットコインを流通させるために開発された技術ですが、今は金融、保険、ゲームの分野でも活用されており、物流分野では製造元からエンドユーザーまでの正確な流通経路のトレースが必要とされる医薬品や食料品の分野で活用されています。
L/C(Letter of Credit:輸入信用状)の発行、通知、資金化などの一連のプロセスをデジタル化することにより貿易実務の効率化を図る金融機関によるブロックチェーン団体ではバンク・オブ・アメリカ、三井住友銀行などが加盟している「Marco Polo Network」(マルコポーロネットワーク)が有名です。
図3:Marco Polo Networkの加盟金融機関(出典:Ledger Insights)
金融機関によるブロックチェーン団体は地域や取扱金融商品により様々な団体があるので、複数の団体に加盟する銀行が多いようです。三井住友銀行は「Marco Polo Network」以外にも欧州中心の「KOMGO」(コムゴ)、シンガポールの会社による「Contour」(コントゥール)にも参加しています。
そして船社によるブロックチェーン団体ですが、2018年にマースクとIBMが作った「TRADELENS」(トレードレンズ)というプラットフォームに参加する船社が多く、日本の商船三井、日本郵船もこの団体に加入しています。私が以前に書いた記事の中でも紹介していますが、一早くこの市場に参入してネットワークを広げた「TRADELENS」は2022年11月時点で累計6千8百万本以上のコンテナ貨物の取扱い実績があり、数ある船積書類の中でもペーパーレス化は最後の関門と言われていた貨物の所有権を証明する書類「B/L」(Bill of Lading:船荷証券)のデジタル化を促進してきました。
図4:「TRADELENS」の2022年11月13日時点での取扱実績(出典:TRADELENSのHP)
しかしその「TRADELENS」が2022年12月1日に「実行可能なプラットフォームの開発には成功したが、あらゆるグローバルな産業連携のためのニーズを獲得するまでに至らず、独立した事業として業務を継続し、財務的な期待に応えるための商業的可能性に達していない」という理由で2023年3月までに段階的にサービスを廃止するというアナウンスを出しました。
推測ではありますが、「信用状(BL)を必要とする貿易取引が少なくなっていて、電子船荷証券(eBL:イービーエル)の発行手数料が当初想定していたよりも入ってこなかった」「世界のコンテナ保有量の3分の1を占める貿易大国の中国の船社団体を引き入れることができなかった」「2022年下半期は全産業でITに対する投資が後退しており、大手IT企業が大幅な人員削減をしている状況下で投資回収までの時間が待てなかった」などが今回のサービス廃止の要因ではないかと考えられます。残念なアナウンスではありますが、海運業界のDXの先駆けとも言える「有価証券としての電子船荷証券の発行」を実用化して、4年間の運用実績を作ったことは大きな進歩だったと思います。
日本ではNTTデータ主導による貿易情報連携プラットフォーム「TradeWaltz」(トレードワルツ)が2022年4月からサービスを開始しています。将来的には通関システムの「NACCS」(ナックス:輸出入・港湾関連情報処理センター)、サイバーポート(港湾物流電子化ネットワーク)との連携でオールジャパンの貿易情報一括管理の実現を目指しているとのことです。
「TradeWaltz」は「TRADELENS」がきっかけで世界各国で立ち上がった貿易関連のブロックチェーン団体の一つです。「TRADELENS」のサービス廃止の影響がどこまで波及するのかは現時点では不明ですが、他の団体がすべて追随してやめるわけではなく、多少の停滞はあっても、様々なブロックチェーン団体が結びつくことで業務効率化が進んでいく今の流れは変わらないのではないかと考えます。
おわりに
2000年代に入る前までは輸入者は信用状(L/C)の開設のために複写式の申請用紙に英文タイプライターで記載事項を打ち込んで銀行に持ち込みをしていました。この20年の間にオンライン申請によるペーパーレス化は進みましたが、フォワーディング業務が相変わらず手間のかかる業務であることは変わりなく、大手荷主がフォワーダーに業務サポートを依頼している状況はまだ続いています。
「TRADELENS」のサービスが廃止されることにより、今後は船社各社による電子船荷証券の発行が進んでいくと予想されます。本稿で紹介したブロックチェーン団体はエンドユーザーである輸出者、輸入者が加入できる団体ではありません。輸出入取引の間に入っている金融機関、各国税関が所属する団体のプラットフォームの恩恵を受けて、エンドユーザーもペーパーレス化を促進し、スピーディーにデータのやり取りができて貿易業務を効率化させることができるわけです。
今後は「デジタルフォワーディングによる出荷手続き・貨物追跡の可視化」と「様々な貿易関連のブロックチェーン団体の連携」により、輸出入の当事者間だけでなく間に入っている様々なプレーヤーもますます利便性が高まり、フォワーディング業務の効率化が更に加速していくと思われます。
(この記事は、2022年12月5日時点の状況をもとに書かれました。)
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