利便性・安全性を更に高めたモーダルシフトの実現を目指して!~大阪-札幌間の鉄道貨物輸送試験レポート~
はじめに
SDGsの観点から多くの企業で地球温暖化の原因と言われているCO2の排出量を削減する脱炭素化の取り組みが行なわれています。物流業界ではトラックによる貨物輸送をより環境負荷が低い輸送手段である鉄道輸送や海上輸送に切り替えるモーダルシフト(輸送手段の転換)を進める企業が増えています。
このモーダルシフトにおいて、1トンの貨物を1km運ぶ際に排出するCO2は、船舶ではトラックのおよそ6分の1、鉄道ではおよそ11分の1ということで、環境問題対策として鉄道輸送への切り替えが特に効果が高いことが分かっています。このような背景から鉄道貨物輸送のニーズが近年高まってきました。
1950年に発足した「鉄道貨物協会」は鉄道貨物の利用を普及するための様々な活動(調査・研究、普及・啓発)を行う内閣府所管の公益社団法人です。毎年テーマを決めて鉄道貨物輸送の利便性・安全性を高めるための調査・研究を行っていますが、今回は当社が協力している大阪-札幌間の輸送中の温湿度調査について紹介します。
写真1:鉄道貨物協会のHPより
鉄道貨物輸送について
鉄道貨物輸送についてあまりご存じでない方もいらっしゃると思うので、ここで簡単に説明します。鉄道貨物輸送の主な特徴は、大容量かつ高速な運搬能力です。長大な列車編成ができるため、多くの貨物を一度に輸送することが可能です。トラックのように交通渋滞の影響を受けないという利点もあります。鉄道網が整備されている地域では、鉄道貨物輸送は高速で安定した運搬手段となり、原材料や製品、食品、化学物質、エネルギー資源など、特に重量のある貨物や大量の貨物、危険物などの輸送に適しています。また冒頭で説明した通り、一度に大量の貨物を輸送することができるので、燃料効率の良さ、環境への負荷の低さが近年ではSDGsという観点で注目されています。
日本の鉄道貨物輸送は狭い国土と高い人口密度により、駅と駅の距離が比較的短く、密集した都市部を結んでいるのが特徴です。鉄道について私達日本人は通勤、通学、旅行などの旅客、「人を運ぶもの」というイメージを持っている人が多いと思います。実際日本では鉄道は主に旅客輸送に使用され、貨物輸送は比較的少なく、2020年の統計によれば、日本国内の総貨物輸送量のうち鉄道輸送の割合は約6%です。
しかし海外では鉄道は重要な貨物輸送手段として利用されており、特に広大な大陸横断の長距離輸送で重要な役割を果たしています。アメリカ、中国、ロシアなどの国土の広い大国では鉄道輸送の比率は相対的に高く、2020年の統計によるとそれぞれの国における総貨物輸送量の中で鉄道貨物輸送の比率はアメリカでは約30%、中国は約22%、ロシアは約43%となっています。
上記のような状況があり、公益社団法人である鉄道貨物協会は日本における鉄道貨物輸送の普及のために荷主企業、利用運送事業者、鉄道事業者の三者を基軸に「利用促進委員会」と「輸送品質向上委員会」を設置して、鉄道貨物輸送の特性や長所をより生かすことが出来るような調査研究活動を行っています。
今回紹介するのは「輸送品質向上委員会」が2023年度に取り組んでいる「鉄道コンテナ輸送中で製品に影響を及ぼす温湿度の把握」というテーマの調査レポートです。
大阪-札幌間の輸送中の温湿度調査
近年SDGsの観点から多くの荷主企業が鉄道貨物輸送へのモーダルシフトに取り組むようになり、これまで鉄道輸送を行っていなかった業界、例えば医薬品、精密機器メーカーからも「鉄道貨物輸送に取り組みたい」という話が増えてきました。しかしながら温湿度管理が必要となる製品において、輸送区間内の最低温湿度、最高温湿度が事前にわかっていないと大事な貨物を預けられないというケースもあります。そこで特定区間内の輸送中の温湿度を調査して、温湿度の高低が養生材、包装材に与える影響、濡損事故が起こる可能性とその対策案を考えるための基礎的な環境データを採取して、その調査結果を広く開示することによって、安心して荷主企業に鉄道貨物輸送を利用してもらおうというのが今回の調査の目的です。
対象ルートは「輸送距離が長い」、「輸送区間中の温湿度の高低差が大きい」という理由で大阪-札幌間になりました。この区間を鉄道貨物は集貨から配達までを約3日間で輸送します。
日本は季節による寒暖の差が大きいことから、計測は同一ルートで「安定期」(4~5月頃)、湿潤期(梅雨時期)、高温期(8~9月頃)、低温期(12~1月頃)の4つの期間に連続で実施します。
鉄道コンテナにはサイズや機能が異なる様々な種類のコンテナがありますが、今回の計測では代表的なサイズである12フィートコンテナ(最大積載量が5トンであることから「ゴトコン」とも呼ばれている)を利用し、機能面では一般的な「汎用コンテナ」と通気口がある「通風コンテナ」、コンテナの内壁に高性能断熱材を使用している「保冷コンテナ」の3種類で調査することになりました。
コンテナ内の温湿度はデータロガー式温湿度計を使って計測します。計測機器をプラスチック製のメッシュの入った折り畳みコンテナ(折りコン)の内部に取り付けます。
大阪と札幌の貨物駅の利用運送事業者は計測対象のコンテナに貨物を積み込んだ後、コンテナ内の上部に折りコンを置くスペースがあれば組み立て状態で折りコンを置き、組み立て状態で置くスペースがなければ折り畳み状態で貨物の隙間に差し入れます。
写真2:データロガー式温湿度計を取り付けた折り畳みコンテナ
コンテナ内の温湿度は10分間隔でデータ採取され、約1か月後に計測機器を回収して輸送期間中のデータ分析を行います。この温湿度計は5年間、ノンストップで計測が可能で、計測間隔によって計測期間が設定できます。なおメモリーが一杯になった場合、上書きし計測を継続することができます。
大阪、札幌の貨物駅の利用運送事業者が温湿度計を設置したコンテナの情報から、このコンテナが何月何日の何時何分にどこの駅を通過したのかが把握できます。
気象庁は全国の特定地点での10分毎の温湿度を含む過去の気象データをHP上で開示しています。過去の気象データから通過駅付近の特定日・特定時刻の温湿度データを抽出して、計測期間中のコンテナ内の温度と外気温を比較する表を作成することができます。
図1:温湿度計測データ表示例
上記のようなデータから、この地点ではこの季節はこれくらいまで温度・湿度が上がる、あるいは下がるので養生材、梱包材の強度が低くなって圧損・濡損事故が起こる可能性がある、それを防ぐためにはこのような対策が必要になるということを検討することができます。
大阪-札幌間の輸送中の温湿度調査は大阪の百済貨物ターミナル駅で札幌行きのコンテナ内に温湿度計を入れた折りコンを設置する作業から開始しました。このコンテナ番号から、コンテナがどの貨物列車に積載され、その貨物列車が何時何分にどこの駅を通過したのか追跡できます。
このコンテナが札幌に到着する前に札幌の利用運送事業者にコンテナ番号の案内が届きます。札幌での配達時に折りコンは取り出され、その日に積込みされる大阪行きの別のコンテナ内部に設置されてまた大阪に向かいます。そういった手順が約1か月間繰り返された後に大阪で折りコンを回収して、取り付けられた温湿度計からデータを抽出して分析をします。
写真3:札幌行き汎用コンテナの内部(右上部に温湿度計を取り付けた赤色の折りコンを設置)
鉄道貨物輸送の効率化・標準化の取り組み
「輸送品質向上委員会」では上記のような調査研究活動とは別に2022年度から養生機能を施したコンテナの開発も行っています。代表的なサイズである12フィートコンテナにはT1.1パレット(1100mm×1100mmサイズのパレット)が6枚積めるのですが、約30センチの隙間ができてしまいます。その隙間を埋めるための養生機能をコンテナ内部に有したコンテナを作って、手荷役の多い鉄道貨物輸送におけるパレタイズ化の促進と、荷主や利用運送事業者の大きな負担となっている養生にかかわるコスト削減を目指しており、鉄道貨物輸送における効率化・標準化をコンセプトとしているとのことです。
写真4:開発中の養生機能を施したコンテナ(青色の養生材の幅の調整が可能)
おわりに
「輸送品質向上委員会」が取り組んだ調査結果は鉄道貨物協会が年1回発行している「本部委員会報告書」で公表されます。冊子として約3,500部が印刷されて全国の市町村、大学の図書館、研究施設に無償で配布されており、過去の報告書はHPにもアップロードされているので、誰もが内容を確認して参考にすることができます。
環境問題対策としてCO2の排出量が少ない鉄道貨物輸送へのモーダルシフトを検討する荷主企業が増えています。鉄道貨物輸送の利便性・安全性を高めるための活動は地球環境の保全を実現する「公益」にも貢献する活動なので、今回紹介した調査研究が日本における鉄道貨物輸送の利用促進につながることを期待しています。
写真5:鉄道貨物協会 常務理事 中村様(右)、中嶋包装輸送技術コンサルティング 中嶋様(左)
(この記事は、2023年5月29日時点の状況をもとに書かれました。)
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