加速度のお話 ~貨物事故への影響~
1 加速度とは
輸送中の商品が壊れたとき、「加速度が掛かったから」と言われます。でも加速度って、と疑問を持たれる方がいらっしゃると思います。また理解していなくとも「何Gの加速度が掛かったので壊れてしまいました。」と説明している方もいらっしゃるのではないでしょうか。加速度って何。この質問は理系の人間にはとても回答し辛く、説明に窮する質問です。物理では基本中の基本、当たり前のことなので、説明が難しいのです。
2 加速度の単位「G」
ここでは物理で数式や用語をなるべく使うことなく、意訳し書きたいと思います。物理を学んだ方には申し訳ありません。また物理ではちょっと違うといった表現もありますが、感覚的に捉えて頂くため、その辺はご了承ください。
加速度を表す単位は国際的にはm/s2という単位を使用します。しかし、皆さんもお耳になじんでいる加速度はジー「G」という単位です。Gという単位だと最もシンプルに加速度を捉えることができるので、Gで話を進めていきます。ちなみにGという単位も補助単位として国際的に認められているので、世界共通で通用する単位なのです。
ただ、このGという値の性質として、ちょっと難しくお話をすると基本単位となる次元がありません。国際的単位のm/s2という単位で計測された値を9.8 m/s2と同じ単位の数値で割るので単位が消えてしまいます。そこでGという呼び名を付けています。
3 加速度を体感する
皆さんが最も加速度というものを感じるのはジェットコースターをイメージすると思います。世界最大の加速度と言われている某ジェットコースターを例にしてお話を進めて行きます。このジェットコースターの加速度は3.75Gと言われています。時速180km/hの走行速度を誇るこのジェットコースター。この速度を受けるため直径約40mにもなるループを設けなければならないそうです。
これとは別の例で、高速道路を80㎞/hで走行している車が衝突した際の衝撃は120Gと言われております。高さ25mから落ちた衝撃に匹敵するそうです。
でもこの二つの事例、ジェットコースターは直径約40mループを回りきるのに3.75Gの加速度であるのに、高さが低いにも関わらず、高さ25mから落ちると加速度は何故120Gにもなるのでしょうか?不思議ですね。
4 加速度という数値は
実は加速度という数値は加速度を受ける時間で数値も、体感も大きく違ってきます。ジェットコースターでは180km/hの速度を、ループを回るエネルギーとします。このとき体感で3.75Gの加速度が体に掛かりますが、ループを回るために約5秒の時間を要します。この時間、皆さんがスリルを味わう時間となるわけです。
では、高速道路を80km/hで走行している車が衝突事故を起こした場合はどうなるでしょうか。衝突なので、80km/hで走行して車は一瞬にて速度0km/hとなります。この時間はわずか0.015秒、ジェットコースターがループを回る時間の333分の1の時間で、しかも強制停止する状態になります。速度が減速する「時間」が加速度という値を左右すると言っても過言ではありません。もし、180km/hで走行しているジェットコースターがそのまま衝突してしまったとすると270Gもの加速度が掛かりますが、ループを回ることにより3.75Gまで下がることになります。
5 加速度が影響するもの
ここまで加速度の値について体感できる事例を見てお話ししましたが、加速度とはどのような影響を及ぼすのでしょうか。これにはとても重要な、もう一つの要素が必要になります。それは、「衝撃力」です。よくボクサーのパンチ力を表すのに「何トンの衝撃力がある。」と言った表現をし、衝撃力はトン(t)とかキログラム(㎏)で表します。
衝撃力は質量に加速度を掛けたもの、質量×加速度で表すもので、質量、重さが重要になります。そう、加速度は質量、重さに影響を与えるのです。
そこで先ほどのジェットコースターと車の衝突を衝撃力で表してみます。ジェットコースターのコースターを500㎏(実際は判りませんが。)とします。また一人平均体重を65㎏とし、1両に16人、これが2両とすると32人の乗員となるので、乗員の重さは2,080㎏となるので、コースターの重さを足すと2,580㎏になります。衝撃力は2,580㎏×3.75G=9,675㎏となります。
車、ここでは乗用車とすると、車両総重量を1,900㎏、搭乗者を2名とした場合、体重は同じ条件で130㎏とすると2,030㎏となります。衝突時120Gの加速度が掛かるので、衝撃力としては2,030㎏×120G=243,600㎏の衝撃力となります。ジェットコースターと比較すると約25倍の衝撃力が衝突事故時発生していることになります。でも、ヘビー級のプロボクサーのパンチが2,000㎏前後と言われているので、ジェットコースターの衝撃力9,675㎏は4倍以上の衝撃力となるのは驚きですね。でも、プロボクサーのパンチを受けると非常に痛いですが、ジェットコースターでは約4倍以上の衝撃力があるにも係わらす、体感は痛くはないですよね。加速度の体感は色々なシチュエーションで全く違ってしまうものなのです。
6 加速度と貨物事故
ここまで、加速度とはどんなものかを感覚的にお話をしてきました。ここからは加速度が輸送中に及ぼす影響についてお話を進めて行きます。
輸送される製品は通常、包装によって保護され、輸送されます。包装は外装と内装、内装には緩衝包装を施され、製品保護を行っています。外部から掛かる加速度を緩衝するには4項でお話したモデルを用いて製品に掛かる加速度を低減させます。
180km/hで走行しているジェットコースターがそのまま衝突すると270Gもの加速度が掛かるとお話ししました。270Gが掛かる時間は衝突ですから0.015秒になります。これを外装の箱に発生する加速度モデルとします。
では、内装緩衝材で加速度を軽減させるにはどうしたらよいでしょうか?ジェットコースターではループを設け約5秒の時間を掛け、加速度を受けることによって3.75Gまで軽減しました。強い加速度も時間を長く受けることによって加速度を低減することができます。このループの作用を行うのが緩衝材です。緩衝材によって、外部から掛かる強い加速度を長い時間受け流すことによって、製品に掛かる加速度を「緩衝」させることができるのです。緩衝材が無い、緩衝材に加速度を受け流す時間が短いと、製品に掛かる加速度が高くなり、製品が壊れます。ちなみに、製品がどのくらいの力で壊れるかは製品次第となります。また製品が壊れる力は衝撃力となりますが、衝撃力は加速度と質量によって異なりますので、製品次第=質量と、加速度次第で製品が壊れることになるのです。
7 製品が壊れる原因としての加速度
加速度は質量に掛かる特性を持つことを説明しました。そしてもう一つ重要な要素があり、製品が壊れる要因となります。6項で緩衝をお話ししておりますが、衝撃力が掛かる「時間」が、製品が壊れるもう一つの重要な要素になります。強い加速度は掛かる時間が非常に短いものです。強い加速度は長い時間受けることにより、低い加速度にすることができることをお話しました。自然には、強い加速度が長く掛かることはありません。強い加速度を長く(と言っても数秒単位ですが)掛けるにはこの世に無い信じられない力が必要です。東日本大震災でも加速度は1Gを少し超える加速度で、阪神淡路大震災で1.2G程度の加速度です。巨大地震でも加速度の値としてはジェットコースターより小さいのですが、地面を、建造物を全て1Gを超える加速度で震動させると考えると、その衝撃力は想像できない巨大な力であることが判ります。
地震で揺れている最中はパンチを受けるほど痛くはないですよね。加速度を受けるとき、その重さと時間が与える影響が製品にどれだけ左右するものかがお解りかと思います。
8 実際の加速度から見る製品への影響を考えると
では実際、輸送で発生する加速度はどのくらいでしょうか?図1に実際に海上コンテナを輸出した場合にコンテナ床面に発生した加速度を計測したデータを示します。
図1 実際の海上コンテナ輸送中に掛かる加速度
図1では名古屋港湾荷役で10Gの加速度が計測されました。ちなみに加速度にプラスとマイナスが表記されています。これは加速度が掛かった方向を示します。上下ではプラスが上向き、マイナスが下向き、前後ではプラスが前向き、マイナスが後ろ向き、左右ではプラスが右向き、マイナスが左向きです。この方向は計測器の設置によって決まります。計測には使用する計測器の計測方向をよく確かめて使用しましょう。
加速度のマイナスは無重力以下(そのような存在は確認されていません。)ではなく、プラスを打ち返すなどと言う誤解は決してしないように。そのように誤解する方が多くいますので、注意して下さい。
名古屋港湾荷役で計測された10Gはコンテナ床面に発生しています。コンテナ自重を約2.7tと搭載製品の質量が30tとすると、総質量は32.7t、32,700kgとなります。10G掛かったときの衝撃力は32,700kg×10G=327,000kg。なんと衝撃力としては高速走行している乗用車の衝突時における衝撃力243,600㎏を超える力が掛かっていることになります。
ここでちょっとコンテナへの視点を変えます。このコンテナに搭載された製品を仮に1箱20kgの製品で、パレットに積み上げられ、1パレットは800kgとしましょう。掛かる加速度は10Gなので、それぞれ衝撃力を見てみると、箱では20kg×10G=200kgです。パレットでは800kg×10G=8,000kgです。同じ10Gの発生でも、箱単位でみる場合、パレット単位でみる場合、コンテナ単位でみる場合と衝撃力が全く異なることが判ります。箱の中の製品も緩衝されていれば加速度を受ける時間で緩衝され、また加速度が小さくなり、衝撃力も小さくなります。このように、外力としての加速度と、それが製品にどのように影響を及ぼして行くかを捉えることがとても重要です。
このように加速度は、製品が壊れる事象に至る一つの要素に過ぎません。何G掛かったから製品が壊れたと判断できるのは、製品の重さを代表とする個体の特性が判っており、加速度がどのくらい時間が掛かったかが判明している状態で初めて解読できます。特に製品の特性について、十二分に把握していないと、製品事故は対策ができません。製品特性の把握と外的要因たる加速度を想定することにより、加速度を受け、製品が壊れない加速度に緩衝させるため包装設計をすることができます。そこで何G掛かったから製品が壊れたと繋がるようになります。
加速度という値は、加速度が掛かる視点によってその影響が全く異なるものと理解することが肝要になります。
(この記事は、2020年5月11時点の状況をもとに書かれました。)
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