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SCMの観点から令和のコメ騒動を考える1

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リサーチ&コンサルティングユニット1
ゼネラルマネージャー

小林 知行

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今次騒動の概要と本記事の構成

国内のコメ(食用米)価格が高騰し、「令和のコメ騒動」とまで報じられる事態になっています。2024年夏頃からコメが品薄となり小売価格が急上昇し始め、2025年に入りその騒動が再燃しました。食卓に並ぶ献立は流通の高度化に伴い多様化し私たちの生活を豊かにしましたが、コメは未だに私たちの主食であり、コメ価格の上昇は消費者生活に無視できない影響を及ぼしています。なぜ今、コメ価格がこれほどまで上がったのか。その原因と対策を、生産・流通・販売というサプライチェーン全体の観点から整理してみます。本レポートでは、まず生産段階(「製」)での長期的な政策の影響と課題、次に流通段階(「配」)での構造的問題と改善策、最後に販売・消費段階(「販」)での需要動向や企業の対応について考察します。

生産(「製」):農政の変遷と生産能力への影響
減反政策と生産調整の歴史

日本のコメ生産は長年にわたり減反政策(生産調整政策)によって抑制されてきました。減反政策とは米の作付け面積や生産量を政府主導で削減する施策で、1970年代から実施され、米余りによる価格下落を防ぐことを目的としていました。その結果、国内の主食用米の生産能力は長期的に低下する傾向が続いています。こうした生産量の減少は、需要減少に対応した措置ではありましたが、近年のような需給逼迫局面では裏目に出ています。

減反政策は半世紀近く続けられましたが、その是非については議論が分かれます。一方では「需要が減っているのだから生産調整はやむを得ない」とする見方もありました。しかし他方では、「世界には食料不足の国もあるのに米を減産しているのはもったいない」という批判的な声も以前から存在しました。実際、減反政策によって税金から毎年約3,500億円もの補助金を投じて生産量を減らし米価を維持してきた経緯があります。こうした政策コストにもかかわらず、いざ国内でコメ不足が起これば価格高騰を招いてしまった点で、この長年の政策が適切だったのかについては再検証が必要です。

用途限定米穀への転作推進と主食用米生産への影響

減反政策の一環として近年まで推奨されてきたのが飼料用、米粉用、輸出用、加工用など、用途を限定した米作への転作です。転作を促進する補助金が導入され、主食用米から飼料用米、加工用米などへの生産切替が進みました。この政策自体は米の需要減への対応策でしたが、副作用として主食用米の生産余力が落ちてしまう問題が指摘されています。専門家からは、今回のコメ価格高騰の一因は長年の減反政策による生産量減少であり、米価を下げ安定させるには減反政策を廃止すべきだという指摘も出ています。

しかし、政策変更に対して生産者は長期的な観点で農地改良や設備投資を行っており、頻繁な政策変更には生産者はついていくことが難しいでしょう。実際、用途限定米への助成見直しが議論されると、これまで用途限定米の増産を行ってきた産地からは戸惑いの声もあがりました。一般に、SCMにおける戦略類型のスペクトラムの両端には、効率重視型サプライチェーンと、需要即応型サプライチェーンの2つの志向があります。コメの生産は長期的な視点から農地改良や設備投資を行う必要があることなどから、効率重視型サプライチェーン志向に合致した商品だと言えます。

いずれにせよ、これまでの政策は主食用米の長期的な需要漸減に合わせて他用途米への生産移行を奨励してきましたが、令和のコメ騒動を契機に生産面の長期政策についても振返りと見直し余地の検証が必要になるでしょう。

トランプ関税で急浮上したMA米輸入枠拡大について

国内の生産が追いつかない中で、一部では輸入による不足分補填が議論されています。日本はGATTウルグアイ・ラウンド以降、ミニマムアクセス(MA)米として毎年約77万トンのコメを関税無税で輸入する義務があります。しかしその大半は加工用や飼料用で、主食用に無関税で充てられるのは年間10万トンまでという上限があります。財務省は2023~2024年の米価高騰を受け、無関税で輸入できる主食用米枠(10万トン)の拡大を提言しました。高値が続く米の安定供給策として、海外からの食用米輸入枠を増やせば不足を解消できるという主張です。

しかしこの動きには農政当事者からの強い懐疑と批判があります。江藤農林水産大臣は財務省の提言に対し「整合性が取れない」として否定的な考えを示しました。農業関係者や専門家からは、安易に輸入で穴埋めしようとする発想は短絡的で近視眼的だとの批判が出ています。輸入枠拡大により一時的に市場にコメを供給することを繰り返すことで、国内農家の生産意欲をそぎ長期的には自給力低下につながりかねません。また日本人の主食としてのコメはブランドや嗜好の問題もあり、外国産米を増やしてもすぐに消費者や外食産業が受け入れるかは不透明です。実際、米価高騰が続けば「外圧」を口実にさらなる市場開放を求める声が国内でも強まる可能性が指摘されています。しかしそれは国内生産の衰退を招くリスクが高く、食料安全保障の観点からも安易に依存すべきでないでしょう。

直近ではトランプ政権によるドア・イン・ザ・フェイス型の交渉事項の一つとして、日本が米国から輸入するコメに対する規制措置の緩和が俎上に上っています。日本側でも一部で令和のコメ騒動に乗じて米の輸入枠拡大を求める声があがっています。しかしこれは国内の農業基盤を犠牲にしかねない策であり、農政関係者からは短絡的すぎるとの指摘があります。長期的視野に立てば、輸入に頼る前に国内の生産力強化と在庫備蓄戦略を見直すことが重要であり、短期的な安価輸入でしのぐのは根本解決にならないとの農政側の批判は的を射ています。

流通(「配」):見えにくい流通構造と在庫管理の課題
流通自由化による流通経路の多様化と不透明

コメの流通段階にも、大きな構造変化と問題が潜んでいます。生産と同様に流通も自由化が進展しており、2004年にコメ流通の自由化(規制緩和)による市場原理に委ねられる部分が増えました。それ以前、コメの流通は農協(JA全農)や政府の管理が強く、流通量や価格も一定の範囲でコントロールされていました。しかし自由化以降は、農家が自分で直接、卸売業者や小売店、外食産業、消費者に販売することが増え、農協経由のルートに乗らないコメが大幅に増加しました。

その結果、流通経路が多様化・分散し、全体像が見えにくくなっています。例えば2022年産米の場合、主食用うるち米約650万トンのうち、農協など従来の集荷業者経由で流通するのは約4割の約280万トンに過ぎません。残りの半分強は農家がJAを通さず直接流通させた米で占められており、この割合は2004年の流通自由化以降、一貫して高まってきました。要するに、コメの流通は「自由化による不可視化」が進展していったと言えます。

この「不可視化」が今回の価格高騰局面で混乱を招きました。2024年に米不足が騒がれ始めた際、「消えた21万トン」問題が話題になりました。一部報道では「異業種参入の転売業者が21万トンもの米を隠し持っている」といった憶測が語られました。しかし実際には、これは農協ルートでの集荷量が前年同期比で約21万トン減少していたという数字が独り歩きしたものです。農協ルートから米が「消えた」ように見えたのは、農家から直接買い付ける外食チェーンなど他のルートに流れたためでした。流通経路の変化を正しく把握できていないと、在庫が行方不明になったように錯覚し、無用の不安や投機的な動きを招くことになります。実際、農協経由の米流通量減少傾向は以前から続いており、直近では大手外食産業が農家と直接契約を増やしていることも報じられています。流通構造が見えにくいままだと、誰がどこで米をどれだけ持っているのか把握しづらく、需給調整や不正防止が難しくなります。

備蓄米制度と市場介入

備蓄米制度は、日本のコメ需給安定策の要です。政府は平時からコメを買い上げて国家備蓄し、凶作や不足の際に放出して市場を安定させる役割を担っています。目安として年間20万トンずつ買い入れ、5年間で100万トン程度を備蓄する計画で運用されています。いわば、国内のコメ生産、流通の不確実性を吸収する安全在庫の役割となる在庫を、政府が確保しているといえるでしょう。

今回のコメ騒動では、政府も異例の市場介入に踏み切りました。2023年産米の在庫から合計21万トンを市場放出する方針が打ち出され、まず2025年3月に入札による放出が行われました。これは近年では例のない大規模な放出量です。もっとも、価格への影響を懸念し「1年以内に政府が買い戻す」という条件付きの放出となり、実際の価格引き下げ効果は限定的と見られています。また、「すぐには買い戻さず、1年を超えても良い」とも表明し、値上がりを当て込んで米を抱え込む業者に対し牽制する意図もあるものと見られています。いずれにせよ、この放出によりコメの価格については一定の下押し効果が得られつつあります。報道によると、3月の玄米の卸売価格は60キログラムあたり2万5876円と前月比で609円(2%)下がっています。今後このコメが小売段階にも流通することにより、消費者にも価格の下押し効果が実感出来るのではないかと思われます。

このように、備蓄米放出は供給不足解消策として重要ですが、今回は後手に回った感は否めません。農林水産省は当初「新米シーズンになれば価格は落ち着く」と楽観視し、米不足を認めたがらない姿勢でした。昨年(2024年)夏の時点で深刻なコメ不足が生じたのに有効策を講じなかったことに批判もあります。卸売業者が米をため込んでいるとの虚偽の主張まで行い備蓄米放出を渋ったという指摘もあり、結果的に対応が後追いとなって価格を史上最高値まで上昇させてしまいました。流通在庫の正確な把握と、機動的な備蓄米の放出判断ができていれば、もう少し穏やかに価格を抑えられた可能性があります。

次回、SCMの観点から令和のコメ騒動を考える2では、流通段階における自家消費米の問題から論考を続け、販売段階における小売、外食産業の動向などに触れたのち、コメのSCMにおける要諦は生配販の可視化と全体最適であることについて述べます。

小林 知行が書いた関連記事:「農業改革で物流業界に影響はあるの?① ~農協改革と物流~

(この記事は、2025年4月21日時点の状況をもとに書かれました。)

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